今日という今日 今日という今日に限ってこれだ。
夜中に一番乗りと思って少し横になるだけのつもりが、目が覚めたらまさかの朝。どころか、昼前。誰か起こせよと思いつつ、慌てて校舎に向かえば、シュバルツァーからのくそめんどくせぇお小言に、アーヴィングからの説教まで加わった。真面目に聞くフリでもすりゃ早く終わるかとクソ真面目に正座までしてやったのに「反省している顔じゃないわね」なんて、ありゃ婚期が遅れる顔だな。
その二人を振り切って教室に入ったのはすでに午後の授業が始まろうって時だ。入るなりとりあえず目当ての横に座って文句の一つも言ってやる。
「おい、起こせよ」
「たまには叱られた方がいいって、シドニーとスタークと話したんだよ。いい機会だ」
「シュバルツァーとアーヴィングダブルだぞ?勘弁しろよ…」
そうじゃない。
言いたいことはそれじゃねぇ。
「なぁお前、放課後あい…て」
るか?と聞こうとして、視界に入ったのは、後ろの棚にまとめられた色とりどりのラッピングがされている…プレゼントの山だった。
しまった。
おいおいマジでうっかりだわ。一番に言ってやろうってことばっか考えてて肝心のそれ忘れてんじゃねぇかよ。いや、なら放課後一緒に買いに行けばいいか。リーヴスにそんな小洒落た店があったか…いや、あいつの場合は小洒落てなくていいな。とかなんとかそんなこと考えてたらシュバルツァーに教科書の角で頭を小突かれた。
授業が終わっだタイミングで即座に問いかけようとしたが、なんで前の席からその速さでというスピードでエセふわに捕まった。
「会長様?今日という今日こそ、追加予算会議、しないと間に合いませんよ?♡」
知ってる。分かってる。お前がなんとなくのらりくらり交わしてくれてることも知ってる。だが今日という今日だけは…。そう歯軋りしている横をすり抜けて、クルトはユウナやアルティナと教室を出ようとしていた。もちろん、さっきのプレゼントたちを抱えて、だ。
「…てっめ…分かってやってんだろ」
「何をでしょうか?クルトさんのお誕生日が楽しみすぎて消灯時間が来ても眠れず、ならば一番におめでとうを言おうと起きていようとしたらうっかり眠ってしまい、気がついたらお昼前。慌てて向かったが既に彼の腕の中にはプレゼントの山…しまった…俺は何も用意していない!……ということを、でしょうか?」
こいついつか、立場を無視してぎったぎたのびったびたにしてやらねぇと気持ちよく卒業出来ねぇなと思ったが、やるっつったからには会長職はこなしてやる。が、予算が欲しい各部の主張が荒れに荒れて長引きやがった。今日という今日に、だ。
それもやっと終わっていざあいつはどこだと探し始める。いつもの場所でチェス部かと思ったがどうにも見当たらねぇ。何だっていつもはここでシドニーにボロ勝ちしてやがるくせに、今日という今日に限っていねぇんだよ。
時間がもったいねぇ、部活後なんてすぐに飯の時間が来て買い物どころではなくなる。「この間誕生日だったろ?」なんてクソダセェこと出来るかっての。今日だ今日。絶対今日中にだ。背に腹は変えられねぇかとアークスを取り出してあいつを呼び出す。コール三つで繋がった。
「どうした?アッシュ」
「お前今どこだよ」
「え?あぁ、サンディが、収穫が追いつかないところがあるって言うから手伝いに」
なんで今日という今日なんだよサンディお前もグルなのかよエセふわの。段々と世の中全部が「クルトの誕生日を祝う俺の敵」に見えてきやがった。
いいじゃねぇか俄然燃えるわ。ハッ!
畑に行けば、体験農家ですみたいになれないへっぴり腰で収穫を手伝うシドニーとあいつがいた。…まぁ悪くない。いやそうじゃねぇ、今すぐ中断させて買い物に…は絶対いかねぇだろうしそんなこと言ってみろ俺のお株が下がるだけだ却下。今俺が取るべき選択肢は「手伝ってやる」一択だ。早く終わるし株も上がる。こうなりゃヤケだ。
終わってみれば夕飯にはまだ少しあり、店もまだ全部空いている時間だ。今だなとクルトの腕を掴んだ。ほっせ。
「おい、行くぞ」
「え?あ、アッシュ!な、ど、どこにだ!」
いちいち答えてられねぇから全無視で引きずるように門から街へ向かう。門を出る頃にはこいつも既に諦めて、引きずらなくても大人しく俺の横を歩いていた。
「…歩くから離してくれないか」
もう街も目の前。言われてそっちをみれば、まぁぶすくれた顔が向こうを向いていた。あぁもうめんどくせぇな。
「…誕生日だろ」
そう言ってやると、ぶすくれ顔は消えて目を丸くした顔がこっちを見た。可愛…いやそうじゃなくていやそうなんだが今はそうじゃない。
「え?あ、あぁ」
「…なんか買ってやるから。選べよ」
そう言えば、丸い目が今度は嬉しそうにしてやがる。やべぇな、なんだよおい、三割り増しいつもより可愛いんじゃねぇの?馬鹿か。
…シドニーはまだ畑だな?
「なら、君に本を選んでもらいた」
「わかった。明日にでも選んでやる」
「え?明日?」
「ちったぁ頭使え脳筋守護者。放課後、シドニーはまだ畑、今宿舎は?」
「宿舎?誰もまだ帰ってないだろう?みんなまだ部活動の最中だからな」
「俺のベッドとお前のベッド、どっちがいい?それだけは選ばせてやるよ。誕生日だからな」
「ベッド…?……なっ!」
はいはい可愛い可愛い。こんな機会滅多にねぇんだから観念しろよと二の腕を掴んで引きずっていけば、宿舎の前で手を振り払われた。が、当の本人の顔は見るも無惨に真っ赤だ。
「お…」
「お?」
「僕の所は…嫌だ」
「あ?んでだよ」
「毎晩思い出してしまうだろう?」
困る、と。そう言い残して宿舎の中に先に入っていった背中を眺めていたら、反動で戻ってきた宿舎の玄関扉が顔面にぶつかった。
そんなのフラグでしかねぇだろ。
これだから坊ちゃんは…。