お望み?通り死ぬほど乳首確認した「最近パインピザのスパイシーミックスにはまっちゃってさ〜」
声を弾ませる宝石商が僕にチラシを渡してくる。
ヨレヨレのチラシは目が痛くなりそうな赤で塗りつぶされている。中央にはハラペーニョが山盛りに乗ったピザ、そしてタバスコを持った悪魔のイラスト。期間限定のスペシャルプライスを強調するのは血飛沫風のシルエット。その中にはラージサイズ6ドルとデザインされている。
「……」
僕はうへぇと心の中でベロを出した。
センスのかけらもないチラシを見ただけで味が分かる。胸焼けしそうだ。
宝石商はそんな僕の気持ちを汲み取ったのか、苦笑いしながら僕の手からチラシを抜き取った。腰に手を当てチラシを仰ぎながら、生徒に言い聞かせる教師のような口調で話し続ける。
「こんなチラシなんだけど、ここのピザ結構美味しいんだよ? しかも今だけ半額の6ドル!」
「6ドル……」
「あ、値段で価値を決めてる顔だね」
チッチッチと宝石商は指を横に振る。
「本当においしいんだって! 絶対企業努力を感じるはず。僕が保証する!」
宝石商は得意げにドンと胸を叩く。
「まぁ騙されたと思っていっぺん食べてみてよ。デイと一緒に食べたくて注文したんだからさ」
僕のために──と言われると悪い気はしない。
心なしか頬が上がった気がするし、サングラス越しに見る笑みを浮かべた宝石商の顔が可愛く見えてしまう。浮かれそうになる自分に喝を入れ、「はいはい」と素っ気なく返事をしてもどことなく語尾が弾んでいるような気がする。自分でいうのもどうかと思うけど僕はちょろい男だ。
ビーーーッと古びた電子音が室内に響いた。
「あ、きたみたい。ちょっと待ってて」
僕は大人しくソファに座った。身体が沈みすぎる安いソファの感覚に慣れないまま、ローテーブルにデンと鎮座しているコーラの蓋を開けた。炭酸の抜ける音と共に、甘い香りが鼻をくすぐる。24オンスありそうなアホみたいにデカいグラスにコーラを注ぐと、たっぷり入っていたはずのコーラは残り3分の1ほどになった。
「タラ〜〜ン! パインピザ一押しのスパイシー! あ、コーラ入れてくれたの? ありがと、デイ」
「お前な……何枚頼んだんだよ」
両手いっぱいに箱を抱え戻ってきた宝石商に思わず突っ込む。僕は箱を一つ受け取ってテーブルに置くと、宝石商は喋りながらキッチンへ向かった。
「今安いからまとめて買って、残りは冷凍しとくんだよ。ご飯作りたくない時に便利だし、夜食にもなるし」
しょうもない飯食うくらいならウチにきなよなんて言葉を飲み込んで、「ふぅん」と相槌を打つ。
キッチンから戻ってきた宝石商が僕の横に座ると、重みでバランスが崩れそうになる。寄りかからないよう腹筋に力を入れた。宝石商はそんな僕の苦労を気にもしないで、リモコンでテレビを付けた。ビデオが起動したのかウィンと音を立てて、テレビの画面がふっと暗くなり重々しい音楽が流れ出す。
「お待たせ。じゃあ、食べよっか」
リモコンをテーブルの隅に置いて、箱を開けるとムワッとした蒸気と共に、目と鼻をジリジリと焼くような痺れる香り。チラシの通り大量のハラペーニョと真っ赤なイタリアンソーセージ。気持ち程度のオニオンの間に見え隠れするトマトソースとチーズの間に挟まる加工肉がボックスの中に入っていた。身体に悪そうな油の匂いも相まって、僕は思わず顔をしかめる。
「……すごい匂い。これ本当に食べ物なの?」
僕は思わず尋ねてしまう。宝石商はムッと口をへの字に曲げた。
「食べ物だよ。まったくジャンクフードを知らないビリオネアなんて聞いたことないよ」
「あのね、僕は基本ジャンクフードなんて食べなくても生きていけるの。ビリオネアだから」
「もう! 屁理屈ばっかり! いいから食べてよ。食べたら絶対気にいるから!」
んっと箱を突き出され、僕は観念した。そろりと一枚を手にとって口に運ぶ。
「…………」
「どう? どう? 美味しい?」
ワクワクしながら僕の反応を探る宝石商を横目で確認しながら、僕は心の中で敗北を認めた。
──意外と美味しい。
見た目や匂いと裏腹に、イタリアンソーセージはさっぱりとした味で食感もいい。ハラペーニョの辛さを引き立てつつ、ピザっぽさを残しているトマトソースとチーズのバランスも最高だった。確かにこれで6ドルは安すぎる。
「まぁ、6ドルにしては頑張ってるね」
「も〜、素直に美味しいっていいなよ」
苦笑いしつつも、僕の反応に満足したのか宝石商は大きな口を開いてピザを食べ始めた。ん〜〜〜〜と目を瞑ってピザを堪能する顔が可愛くて、慌てて目をそらす。幻覚に違いないとサングラスを頭の上に乗せて目を擦ると、ハラペーニョが手についていたのか目がジンジンと痛くなってきた。クソったれが。
ふと、視線を感じて僕は残っていたピザを口にいれた。コーラを手に取り、早口で「じろじろ見ないでよ」と言うと、宝石商は真顔で僕に尋ねた。
「このピザ辛くない?」
「……耐えられないほどではない」
「まじか……。僕このピザ食べると乳首立つんだよね。辛すぎて」
「…………………………なんて?」
僕はピザが口に入ったまま、間抜けな声で思わず聞き返した。
宝石商は返事もせず、指を舐めナフキンで手を拭いてタートルネックを少し引っ張った。僕はその様子から目を離せないし、脳内では「乳首立つんだよね。辛すぎて」が壊れたレコードのように何度も再生される。
『乳首立つんだよね。辛すぎて』
気がつけば映画が始まりストーリーが進んでいたのか、裸の女の子がチェーンソーを持った男に追いかけられている──が僕はそれどころではなかった。
頭の中を整理しようと俯くと、何を勘違いしたのか宝石商が嬉々として訊ねてくる。
「あ、立ってきた? もしかしてデイも乳首立ってきた?」
エクボを作って笑う宝石商を見ながら、僕は悟った。
あぁ、そうか。こいつは僕の乳首が立つかどうかが知りたくてこのピザを頼んだんだなと冷静に分析する自分を殴り殺す。
(乳首が立つって何のアピール? あぁ、そうか。これは遠回りにセックスのお誘いを受けてるんだよね。へぇ、僕とセックスしたいってこと? 変な誘い文句だけど、こいつなら言いかねない。うんうん。そうだ。そうであってくれ! 馬鹿野郎!)
僕は握ったままのグラスを一気に煽った。ピザをコーラで押し流しこんだら、気管が詰まりそうになって窒息しかけたけど気合いでなんとかした。
ドンと音を立ててグラスを置くと、宝石商が目を丸くする。
「チョロ松さん〜〜〜? ちょっとお話があるんですけど〜〜〜?」
怒りで頬を引きつらせながら僕は宝石商を担ぐ。状況が理解できない宝石商は「何何?!」と叫んだが僕は無視し寝室へ向かったのであった。