「おや……、もうこんな時間ですか」
パタン、と読みかけの本を閉じ、ウ~~ンと両肩を伸ばす。
先程から本を読み耽っていたせいか、さすがに肩がこった。ついでに少し目眩もする。
中庭からは、子供達の楽しそうな声……に混じってクリック君の声も聞こえる。また見回りの最中に子供達に捕まったのだろうか。
時計を見ると、とうに昼をまわっていたが、子供達は昼ご飯よりも遊ぶことに夢中のようだ。
少し遅くなったけどお昼にしようか、と立ち上がった途端、バタバタと足音が聞こえ……、
「テメノス!お前も一緒に遊ぼーぜ!」
ノックも無しにドアを開けられた。
「おー、来たー!テメノス、こっちこっちー!」
「テメノスも仲間に入れてやるよー」
「こっちきて遊ぼー!」
「コラコラきみ達、テメノスさんも忙しいんだから、あんまり無理させちゃいけないよ?」
両脇に子供を抱えたクリック君が窘めるものの、子供達にはまったく効果が無いようで、次はアレやりたい、この遊びやりたいなどと言っている。
「よし、じゃあ今日は『結婚式』ごっこだ!」
さんせーい!と子供達が次々に手を上げる中、一人の子供がクリック君の方に顔を向け、キッパリ言い放った。
「クリックの兄ちゃんが『しんろー』役な!」
「え!?僕がですか!??」
思わぬ配役に笑いを堪えながら、ギョッとしたクリック君の肩を叩く。
「よかったですね、クリック君。この度はご結婚おめでとうございます」
と揶揄うように言った矢先。
「んで、テメノスが『およめさん』の役!」
「は!?」
これまた思いもよらなかった配役に思わず上擦った声が出てしまった。
「えーと……私は神父の役じゃないんですか?」
「神父は俺がやるよ。テメノスはいっつも神父の仕事やってるんだからいいだろ?」
……いや、私の場合は職業だからやってるんであって、演劇の役とはまた違うのだけど。
***
子供達に手を引かれて礼拝堂に入ると、子供達から「はい、これかぶって!」と、レースのカーテンをかぶせられた。
家から持ってきたんだー、と笑う姿は可愛らしいが、大丈夫だろうか。コレ親に知られたら怒られるんじゃなかろうか。
「テメノスさん、これ持ってね」
別の子からは野花を集めて作られたブーケを渡された。
そして、クリック君はと言えば。
「あ、クリック兄ちゃんはそのヨロイ脱いでな。しんろーがそんなの着てちゃおっかしいだろ?」
「わ、わかったから!そんな無理に外そうとしなくても自分で脱げます!」
子供達から数人がかりで甲冑を引っ剥がされそうになっていた。
***
礼拝堂に誂えられた木箱の祭壇。
神父役の子供は、少したどたどしい口調だが、それでも見様見真似で覚えた誓いの言葉を口にする。
「しんろークリック、あなたはここにいるテメノスを、や(病)める時もすこやかなる時も、あいし、うやまい、いつくしむことをちかいますか?」
「……はい」
「しんぷテメノス、あなたはここにいるクリックを、や(病)める時もすこやかなる時も、あいし、うやまい、いつくしむことをちかいますか?」
「はい」
「それでは、ゆびわのこうかんを」
神父役の子の傍らから、ハンカチの上に四葉のクローバーで編んだ指輪を乗せた少女が現れ、私達に指輪を渡す。
(えーと……、この指輪テメノスさんの薬指の先までしか入らないんですけど……)
(逆にクリック君の指輪はブカブカですね)
クリック君が私の薬指にクローバーの指輪をはめようと四苦八苦していたが、結局諦めて薬指の先にはめることで良しとすることにした。
うん、これで子供達も満足するだろうと二人でホッと息を吐いた時。
「それでは、ちかいの口づけを」
………………は?
バッとクリック君の方を見ると、彼も真っ赤な顔で口をパクパクさせていた。
「どうしたんだよ?ほら、ちかいのキスだよ?」
神父役の子も自分の役など忘れて素に戻っている。
「二人ともチューしないのー?」
「クリック兄ちゃーん、テメノスー!キスしないとふうふになれないんだよー!」
「ほら、きーす、きーす!」
……なんか酒場の冷やかしみたいなノリになってきた。
(テメノスさん……、どうしましょう?)
(いや、どうするも何も私達が誓いの口づけを交わすまでこの子達は解放してくれませんよ、恐らく)
(そうでしょうね……)
などと、隣のクリック君とアイコンタクトで会話をしている内に、彼の方も腹を括ったようだ。
私達はお互いに意を決し、コクンと頷く。
クリック君の手が私の肩に触れ、ゆっくりと目を閉じる。
(あ、手が震えてる……)
それでも段々と彼の顔が近づいてくるのを感じ……、やがて二人の唇が静かに重なった。
「神よ!今ここにあらたな『ふうふ』がたんじょうしました!」
同時に子供達から歓声が沸き起こり、色とりどりのライスシャワーが礼拝堂に舞う。
私はそれを浴びながら苦笑いするしかなかったが──。
「テメノスさん」
「ん?なんですか?」
「その……、今はこんな結婚式の真似事しか出来ませんが……」
クリック君は真っ赤な顔であーとかうーとか言い淀んでいたが、やがて真っ直ぐに私を見て。
「いつか絶対……、本当の式を挙げましょうね」
自分で言って照れくさかったのか、クリック君はすぐに走り去ってしまったけれど。
「えぇ……、いつか必ず」
少し遠くなった彼の背中に向かって、小さく呟いた。