初めて人を好きになってしまった。
こう言うと三十過ぎのいいオッサンが何言ってんだ、と言われそうだが、事実なのだから仕方ない。
神官という職業上、今まで色恋とは無縁の人生を送ってきたというのもあるが、何より私自身が愛だの恋だの、そういった感情が気薄だったからだろう。
なのに。
自分と同じ男性、しかも十近くも年下の青年に恋をしてしまった。
きっかけは何だったか。
純粋に私を慕ってくれるその素直さか。
すぐに子犬のようにキャンキャンと突っかかってくるからかいがいのある性格か。
いついかなる時も私を守ろうとする愚直なまでの騎士道精神か。
いや、もしかしたら初めて出会った時から無意識に、彼の清廉な心に惹かれていたのかもしれない。
だが……クリック君は鈍かった。強烈に鈍かった。
こっちがいくらオフェンスを仕掛けようが、悉くスルーしてくる。……いや、彼のことだから本気で気づいていないのだろう。
例えば、この前カフェでスイーツを食べていた時なんてこうだ。
「あ、テメノスさん。口の周りにクリームついてますよ」
「えっと……、クリック君が綺麗にしてくれますか?」
上目遣いでそう言ったら「テメノスさんも子供みたいなところあるんですね」と、ハンカチでゴシゴシと拭いてくれた。地味に痛かった。
別の日、転んで足を挫いてしまった時は、「テメノスさん!」と叫びながら、ファイヤーマンズキャリー(いわゆる俵抱き)で米俵のように担がれた。
「……他にもっと運び方があるでしょう」
「え?おんぶの方がいいですか?」
あまりにも真っ直ぐな目で訊かれ、それ以上言うのをやめた。
ちなみにこの体勢のまま、ヒールリークスにいるキャスティのところまで連れていかれた。普通に病院連れてってください。
日々、そんなことの繰り返しで。
「テメノスさん?どうしました?」
「……なんでもないです」
いま私達は、とある町の宿に泊まっている。
聖堂機関から、ある異教徒を探し出す任務を命じられたものの、この日は見つからないまま夜も更けたために、宿を取ったのだが。
「でもテメノスさん、いくらツインの部屋とは言っても僕と一緒のベッドで寝るとか……いいんですか?」
そう、たまたまこのツインルームしか空いていなかったため、私とクリック君は一緒の部屋に泊まることになった……のは、いいんだけど。
(どうせ今回も徒労に終わるんでしょうねぇ……)
任務が、ではない。
クリック君に対するアプローチが、である。
(でも……、チャンスであることに変わりはないし、やるだけやってみようか)
意を決して、ベッドに座っているクリック君の隣に私も座る。
そして、クリック君のパジャマの裾をチョンと引っ張って……、
「……眠れないんです」
俯いてるのでクリック君の表情は見えないが、空気で彼が息を飲んだのがわかった。
「テメノスさん……」
少し戸惑ったような声が聞こえたと思ったら、次の瞬間、クリック君が私を優しくベッドに押し倒した。
「……え?え?あの、クリック君!?」
「眠れない時はこうするといいんですよ」
「は?」
続いてクリック君もベッドに横向きに寝転がり、私と呼吸を合わせながら、背中を優しくタッチングする。
(…………まぁ、そうだろうと思ってましたけどね)
でも、クリック君の体温と手のひらの心地良さに、これでもいいかと思ってしまうのもまた事実で。
(今回はこれで満足してあげますよ)
そんな負け惜しみのようなことを独り言ちながら、ゆっくりと目を閉じた。
END
「…………」
テメノスさんが完全に眠ったことを確認し、ムクリと起き上がる。
「は~~~~~~~っ……」
腹の底からため息を吐き出し、暗い部屋の中、一人項垂れる。
「今回は本当に危なかった……」
顔を赤く染めて上目遣いで僕を見つめるテメノスさんの破壊力たるや。
「僕がどれだけ我慢してるのかも知らないで……」
どうにかギリギリのところで耐えたが、一歩間違えていたら本能のままにテメノスさんを襲って、朝までメチャクチャに抱き潰していたかもしれない。
「まぁテメノスさんのことだから、無自覚なんだろうなぁ」
理性を保っていられるのも、そろそろ限界かもしれないな……。
そんなこともつゆ知らず、隣でスヤスヤと眠るテメノスさんの寝顔を見つめながら、クシャリと前髪をかき上げた。
本当にEND