「オルトー!」
色とりどりの花が咲き誇る庭園に幼い少年の朗らかな声が響く。
「ん……」
オルトと呼ばれた黒髪の少年は、面倒くさそうな表情を隠しもせず声をかけてきた金髪の少年に顔を向けた。
「……なんの用だ。クリック」
「もう今日のけんじゅつのとっくんは終わったんだろ?いっしょにあそぼう!」
「そんなヒマあるか。これから家のてつだいをしなきゃいけないんだ」
「そっか。じゃあ、あしたは?」
「あしたは教会でべんきょうしなきゃいけない」
「じゃあ、そのつぎ……」
「父さんのてつだいで町までいくからムリだ」
けんもほろろなオルトに、クリックも頬をプクッと膨らませながら地団駄を踏む。
「もー!それじゃいつになったらあそべるの!?」
「あのなクリック、いいか?きぞくのおまえと しょみんのオレじゃ、住むせかいがちがうんだ。今までオレたちがいっしょにあそんでた方がおかしかったんだ」
「……ぼくとオルトって住むせかいちがうの?」
「そうだ。だからこれからは今までみたいには……」
「じゃあオルト、ぼくとけっこんしよう!」
「……は?」
「だって、ぼくとオルトがけっこんしたらずっといっしょにいられるでしょ?」
そしたら毎日いっしょにあそぼう!
にぱーっと笑いながら手を差し出すクリックに、オルトは思わず模擬用の剣をカランと落としてしまった。
「バッ、バカかお前は!そんなことできるわけないだろ!?」
「……う~~~」
ポコッと小突かれ、クリックの碧い瞳にみるみる涙が溜まり……
「やぁだぁぁぁーーーっ!!オルトとけっこんするうぅぅぅーーーー!!」
うわぁぁぁーーーん!!
美しい庭園にクリックの泣き声がいつまでも響き渡っていた。
+ + +
「……その時の光景があまりに面白かったそうでな、当時の使用人がこっそりカメラで撮っていたらしい」
これがその写真だ、とクリックの前で一枚の写真をヒラヒラと見せびらかす。
そこには、一人は呆れた顔をし、もう一人は大泣きしている幼い頃の俺たちの姿が写っていた。
「……!返せっ!」
途端に顔を真っ赤にして写真を奪おうとしてきたクリックを難なく躱し、鼻で笑う。
「『返せ』だと?コレは俺の実家で見つけたんだから俺の物だ。……涙と鼻水で顔をグショグショにしながら『オルトとけっこんするー!』と泣き叫んでた時のお前の顔は傑作だったぞ」
「うるさい!そんな子供の頃の話なんか、もう時効だ時効!!…………まさかお前、このことテメノスさんに話してないだろうな!?」
「それはこの写真のことか?それとも俺に結婚しようと言ったことか?」
「両方だ!テメノスさんがこのことを知ったら、ここぞとばかりにイジリ倒してくるに決まってるだろーが!!」
「おやおや、良いもの見つけました」
「……え?」
「ん?」
いつの間にかテメノスが室内に入っていただけでなく、気づいたら俺の手から件の写真が消えていた。
「ほほー、この頃のクリック君は泣き虫だったんですねぇ。メーメーと鳴く声が聞こえてくるようですよ」
「ちょっ、テメノスさん!返してください!!」
「是非とも私の仲間たちにも見せてあげなくては。というわけで、この写真お借りしますねー」
「テメノスさぁぁん!待ってください!!待たんかぁぁーーー!!」
バタバタと嵐のように執務室から出ていく二人を見送り、ドカッと椅子に座り込む。
目を瞑ると浮かんでくるのは太陽のような笑顔で「けっこんしよう」と言ってくれた幼い頃のアイツの姿。
──そんな子供の頃の話なんか、もう時効だ時効!!
「……俺の中では、そんなモノまだ成立していないんだがな……」
俺の呟きは誰にも聞かれることはなかった。
END