僕はテメノスさんと三回結婚式を挙げたことがある。
もちろん本当に式を挙げたわけじゃなく、子供のごっこ遊びのようなものだけど。
一番最初の結婚式は、僕達が異端信者を追っている時にある町に辿り着いた時だ。
その日、町では結婚式があった。
久しぶりに見たその光景は夢のように美しかったのを憶えている。
世界で一番幸せそうに微笑む新郎と新婦に、そんな二人を祝福するたくさんの来賓達。
式場中を色とりどりの花とライスシャワーが舞う。
「綺麗ですね……、クリック君」
「はい、皆さんすごく幸せそうですね!」
その時、僕の頭に何かがポコンと当たった。
なんだ?と思ってよく見ると、それは花嫁のブーケだった。
……う〜ん、これは僕が持ってても仕方ないよなぁ。傍らのテメノスさんに「要りますか?」と言いかけた時。
「おやおや、次のお嫁さんはクリック君みたいですね」
クスクスと笑うテメノスさんに、少しだけムッとして悪戯心が芽生えてしまった。
僕はブーケを手にテメノスさんの目を真っ直ぐに見つめて……。
「僕、クリック・ウェルズリーは…生涯、テメノス・ミストラルだけを愛することを、誓います」
……今にして思えば、あまりにもヘタクソ過ぎる誓いの言葉。あの時、テメノスさんはただ目を丸くするばかり(いま思えば呆れてたんだろうな)で、結局なにも言ってはくれなかったけど。
+ + +
二回目の結婚式は、フレイムチャーチの子供達の遊びに付き合わされて。
たまたま僕が休憩中だったとき、子供達に引っ張られて連れていかれた先には、何故かレースのカーテンをかぶって野花のブーケを持たされたテメノスさんがいた。
「クリック君も巻き込まれたんですか……」
「クリックお兄ちゃんは花婿役ねー!」
困ったように笑うテメノスさんや狼狽する僕のことなどお構い無しに、子供達はどんどん準備を進めていく。ていうかここは花婿、花嫁役は子供達で、神父役はテメノスさんなのでは?
結局、神父役の子の拙い誓いの言葉の前で、僕達は永遠を誓った。
子供達が作ってくれたモールの指輪をはめ、どこからか集めてきた野花のライスシャワーを浴びる。たとえ真似事でもテメノスさんと結婚式を挙げられたあの時、僕は確かに幸せだった。
+ + +
三回目の結婚式は僕とテメノスさんが、とある人物の調査を続けていた時。
数少ない情報を頼りに、二人で初めて来た森を散策していたあの時、朽ち果てた教会に辿り着いた。
「うわぁ……、幽霊でも出そうだなぁ……。テメノスさん、早く行きましょ…」
テメノスさんの方に顔を向けたら、彼は今にも崩れそうな教会の中に入ろうとしていた。
「テ、テメノスさん!?なに勝手に入ろうとしてるんですか!?まさか何かに取り憑かれてるんじゃないでしょうね!?」
「失礼な、私は正常ですよ。ただこの教会の意匠とシンボル……、どうやら私が聞いたことのない宗派らしいので少し気になるだけです」
聖職者の性か、単なる好奇心か(多分後者だ)、止めようとする僕の言うことも聞かずにテメノスさんは荒れ果てた教会の中へ入っていった。
「わぁ……」
ボロボロの外観に反し、中はそれほど荒れてはいなかった。
室内だけでもと、誰かが手入れや掃除をしてくれていたのか。
「ここに辿り着いたのも何かの縁ですから……お祈りだけでもしていきましょうか」
「でも……この教会、聖火教会とはなんの関係も無いんですよね。だったら、ここの神様から見ればテメノスさんは異端信者になるんじゃないですか?お祈りなんかしていいんですか?」
「そうでしょうか。久しぶりに礼拝者が来たと言って案外ここの神も喜んでるかもしれませんよ?」
そう言ってテメノスさんは祭壇の前に跪き、祈りの言葉を捧げた。
その時。
(あ………)
割れたステンドグラスの窓から陽の光がサァッとテメノスさんを頭上を照らした。
見知らぬ神に祈りを捧げるテメノスさんを照らすその光は、まるで花嫁のベールのように見えた。
「……ふぅ、お待たせしました。クリック君……、…おや?どうしました?」
「あ……」
テメノスさんの声で我に返った。
「えと……すみません、テメノスさんの姿がベールをかぶったように見えて……」
「ベールって……、花嫁がかぶるベールのことですか?」
「す、すみません!変なこと言って!」
忘れてください、と慌てふためく僕にテメノスさんは、
「じゃあ……二人だけの『結婚式』、しちゃいましょうか?」
控え室のタンスにあったレースのカーテンをかぶったテメノスさんと二人、神様の前で向かい合う。
二人の愛を認めてくれる神父もいない。
二人の愛を祝福してくれる来賓もいない。
二人の愛を奏でる賛美歌もない僕とテメノスさんだけの結婚式。
光に包まれたテメノスさんはいつものような穏やかな笑顔で流れるように誓いの言葉を口にする。
「私、テメノス・ミストラルは、幸いの時も、災いの時も、豊かな時も、貧しい時も、病める時も、健やかなる時も、貴方を愛し、貴方を助け、命の限り真心を尽くすことを誓います。……クリック君は?」
「ぼ、僕も……」
どうしよう。緊張してなかなか声が出てこない。
テメノスさんはそんな僕をからかったり笑ったりすることも無く、ただ静かに僕の誓いの言葉を待ってくれている。
落ち着け。落ち着け。
ゆっくりと深呼吸をして──。
「わ、私、クリック・ウェルズリーは、幸いの時も、災いの時も、豊かな時も、貧しい時も、病める時も、健やかなる時も、貴方を愛し、貴方を助け、命の限り真心を尽くすことを誓います……!」
へたり込みそうになる足を叱咤し、テメノスさんが白い草花で作ってくれた指輪をお互いの薬指にはめる。
「それでは、誓いの口づけを。……私からしましょうか?」
「ぼ、僕からいきますよ!」
こんな時ぐらい茶化さないでくださいよ……と思ったが、おかげで緊張が解れた気がする。
スっと顔を上げ、テメノスさんが目を閉じる。
割れたステンドグラスの天窓から差し込む光に包まれ、僕たちは静かに唇を重ねた。
+ + +
──あれから数年後。
「……クリック君。今からでも着替えたら駄目でしょうか?」
「まだそんなこと言ってるんですか?いい加減、腹括りましょうよ」
「だって普通に考えておかしいでしょう!30以上のいいおじさんの私がこんな……こんな格好……!」
そう言って鏡面台の前で真っ赤になって項垂れるウェディングドレス姿のテメノスさん。
「………………」
「……なんですか?やっぱり変だって思ってるんでしょう?」
「いえ、ただ僕は世界一綺麗な人をお嫁さんにしたんだなぁ、と思って」
「……頭と目、大丈夫ですか」
口ではそんなこと言ってても顔真っ赤ですよ、テメノスさん。
時計をチラリと見る。そろそろ時間だ。
「行きましょう、テメノスさん。みんな待ってます」
まだ顔が赤い花嫁さんに手を差し出す。
「……はい」
テメノスさんが僕の手を取り、そのまま二人手を繋いで控え室を後にする。
窓から吹いた風に、レースのカーテンがフワリとなびいた。
四回目の結婚式は皆からの祝福の中で挙げた式だった。