昼飯を誘われた従兄弟の家には、クマの先客がいた。
「座ってろ」
料理をしていた従兄弟にそう言われたものの、席はクマの横しか空いていない。こわごわ隣に腰を下ろす。クマは特に挨拶もしないし、じろりとこちらを一度見ただけですぐに視線を逸らして、ひくひくと鼻を動かしていた。ビーズ暖簾の向こう、台所からじゅわじゅわぱちぱちと音とともに、麺の焼き色を思わせる香ばしいにおいが流れてきていた。おそらくミーゴレンだろう。エビがたくさん入っているといいなと思う。従兄弟の作るミーゴレンはなかなかのものだから楽しみだ。そう心が浮ついたところで、いきなり隣のクマが盛大なくしゃみをしたので、肝が冷えた。
いつごろ昼飯はできるのだろうか。間が持たない。机の上についた肘が緊張でぴんと張っている。
このクマとはあんまり話したことがない。なぜって簡単な話だ、怖いからだ。このクマは時折破裂するみたいに怒るからだ。その怒りのスイッチはどこにあるのかもわからない。その上とんでもなく凶暴で強かった。
喧嘩が苦手な自分からすれば、本当にクマと同じくらい怖いのだ。従兄弟の友人、ボビーという男は。
張り詰めた空気(自分だけだが)で喉が渇く。着いた時に出してもらったジャワティーは自分と同じようにだらだらと机の上で汗をかいていた。こっちは温度差で、自分は緊張で。汗でじっとりとぬめる手をそうっとグラスに伸ばす。そんなことはないのに、音を立てたら噛み付かれないかと思ってしまうのだ。触れた透明のグラスはひんやりしていて、少しだけ気が和らぐ。そのままぐいっとひと飲みして、吹き出した。
甘すぎる。
ほぼ砂糖の味しかしない。とろみのない水飴という表現がもっともふさわしい。もはやこれは茶ではない。蟻が飛びつくものだ。甘味で喉が張り付く。台所に水を取りに行こうとあわてて向かったところで、皿を両手に持った従兄弟とぶつかりそうになった。湯気の上がるミーゴレン、エビの鮮やかなピンク。
一瞬気を奪われたがすぐに喉が苦しさを訴えてきて、従兄弟に無言の訴えをする。はじめは面食らったような顔をしていた従兄弟は、俺と机のを交互に見て、ははあと笑った。
「ボビーのやつを飲んだな?」
クマの?こんな甘さなんて柄でもないクマの?そんな思いが伝わったのか、背後からうるるるると軽い唸り声が聞こえて尻がすぼむ。
「こいつは甘い茶がすきなんだよ」
子供だってひるむ甘さを、こんな恐ろしい男が好むのか。それから、こんな甘さの茶を常に堂々とした男ぶりの従兄弟がいれたのか。
肩越しちらっと見たクマは上目遣いでこちらを見ていた。すこしめくれた唇から硬そうな歯がのぞいている。うわっと心中で声を上げ、目の前の従兄弟に向き直る。馬鹿みたいに甘いだろ?と従兄弟はいっそう緩やかに笑う。凛々しい眉はやわらかく下がって。滅多に見ない優しい笑い方に、なにかむずがゆいものを感じたのは気のせいであってほしかった。