添うてくれる俺とは違う人無意識かもしれんがと、セイジャイは前置きをした。
「煙草の本数が増えてるぞ」
ふはっ、とまとまらない煙を吐いて、それから親指と人差し指の間に挟んだ橙色に灯る煙草の先を眺めすがめる。「そうか?」と返すと、セイジャイは頷いて肯定した。
「一日何本吸ってる?」
「なに?先生、俺のことそんなに気になるの?」
「ふざけるな」
「いちいち吸った煙草の本数なんか覚えてねえよ」
「箱なら数えられるな?」
黒ずんだ天井を眺めながら、潰して捨てた箱をことを思い出す。一回目は集金した家賃を計算していた時。近くにあった赤いゴミ箱に。二回目はここ、林診療所のゴミ箱に。今吸っているのはその箱の中の最後の一本。以前は一日一箱程度だった。セイジャイの言う通り、確かに増えている。
「体に良くない。少し減らせ」
減らせと言われても困る。増やしたくて増やしたわけではなく、考え事をしているとつい手が伸びてしまうだけなのだから。考え事が増える一方減ることがない今、それはどうしようもない。
そう反論しようとしたがやめた。診療所にいるセイジャイは友人というよりは医者の性格が強い。何か言ったところで冷静にやり込められるのは目に見えていた。なんならそこで煮ている苦い薬を飲まされるかもしれない。
「なんかいい方法ないか?」
「サップィーみたいに飴でも舐めてればどうだ」
「飴ねえ。あっ、子供用に飴置いてるだろ?あれ俺にもくれよ」
「お前は子供じゃないだろ」
「子供だよ。だから優しくしてくれよセイジャイ先生」
椅子ごとそばににじりより、セイジャイを見上げた。小首を傾げるかわいらしい仕草をおまけにつけてやる。しかし、セイジャイは薬鍋から一瞬視線を外しこちらをを見るなり「殴るぞ」とぶっきらぼうに返してきた。
その言葉に思わず笑ってしまった。
それを言うたびに、どう思われているかわかっていないセイジャイのことがおもしろかった。俺と張り合うくらい言われているサップィーも、多分同じことを思っているはずだ。
笑われる理由がわからず、セイジャイの眉毛が不機嫌に寄る。
「殴る殴るってさあ」
「なんだ」
セイジャイは手を止めた。薬湯は回ることをやめ、かき混ぜられていた湯気が細くなった。つられて自分の声もひっそりとしたものになる。まるで秘密を話すみたいだ。
「お前それよく言うけど、そう言って俺を殴ったことないよな」
わざと口端をいたずらっぽく吊り上げた。上目遣いに見たセイジャイの顔は少し驚いているように見えた。
「だいたい殴るぞ、なんて先に教えてやったら避けられるだろ?だから俺は言わない」
サップィーもだ。
セイジャイは俺たちとは違う。どんな相手であっても刃物を使ったりしない。こいつの手が血にまみれるのは傷を塞ぐためで、俺たちがそうなるのは傷を作るためだ。
ときに暴力を振るうのを見ることはあるが、それも他人のためだと言うことは知っている。
強いのに、強さを道具にしない。
今ここにいる間は近くても、俺とは違う。
「って」
ぱちぱちと瞬きをする。顔を上げるとセイジャイの目と出会った。
「殴ったぞ、いま」
セイジャイの手は拳の形ではなく開いている。頭頂部を軽くはたかれたようだった。何ひとつ痛くない頭をおさえる。
「え…?」
「なんだもう一回か?」
「いや、じゃなくて」
「言わずに殴るくらい、俺にもできる」
殴ると言う行為の結末は、相手を屈服させることだ。こんなものを「殴る」なんて言えないけれど。
なんだか急に恥ずかしくなって、誤魔化すように後頭部をかく。子供じみた拗ねだ。ひとり勝手に腕を突っ張って、相手の胸を押した。それが全部セイジャイにばれている。突っ張った腕の距離だけ、踏み込まれた。
はたかれたのに、まるでなでられた気持ちだった。
いつの間にか長くなった灰がぽろりと落ちる。煙草はもうほとんどフィルターだけになっていた。ポケットの中に煙草はもうない。
「なあ、飴くれる?」
セイジャイはため息をつきながら、それでも夕陽色にきらきら光る飴をひとつくれた。