すべての名前というもの忘れたくないから日記をつける、そう聞いたことがある。
歳にしては幼い文字で書かれたノートを楚は無表情にめくる。罫線に沿って行儀よく並んだ文字が話すのは、日々起こる事件とそれをうけての郭長城の気持ちだ。
人の日記を勝手に見るのは大変失礼な行為だ、楚にもそれくらいのことは分かっている。踏み込まれたくないプライベートというものは人それぞれあり、楚自身にももちろんある。
日記というものがそれに当たるというなら、机の上に無防備に忘れていくべきではない。そんなことだから、誰もいない特調所で机に足を乗せられ、こんなふうに楚にプライベートを踏み荒らされるはめになる。
楚は好んでこの新人のプライベートを漁りたいわけではない。郭長城、海星艦の役職付きの身内の入所。その立場の人間をスパイと疑うのは筋違いではないだろう。内外の敵を見張るよう命を受けている楚には、その人物が書きつけている日記を把握しておく必要性があった。押し付けられた教育係は心底面倒臭かったが、内実を探るには好都合ではあった。役に立たない、それすらも演技かもしれないのだから。
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