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    yosieeeeeeeeee

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    tncfu ボビーとファティの保護と庇護の話

    sun will come for us朝からかかってくる電話は大体悪いものだ。今日みたいにどこまでも青色が続くような天気であっても。

    ボビーは日中ウトウトとしていることが多い。そっと開けたドア越しに見れば、今日も部屋のすみっこでうつむいて、床に座り込んでいた。足を伸ばして座っている姿はテディベアみたいだ。ゆっくりと近寄って正面にしゃがむ。子犬のような寝息が規則正しく時間を刻んでいた。夕方前、日が落ち切らないこの時間はまだいささか暑い。開け放たれた窓から吹き込む風はささやかで、せいぜい白いカーテンの裾をなでるだけ。涼をもたらすことはない。ボビーのくしゃくしゃになった髪の中から額を伝って汗が眉へと流れ落ちる。そのまま汗がまぶたまで落ちそうになって、ファティはつい小指でその流れを止めた。そのまま横に滑らせて、汗をはらってやる。ボビーのうすいまぶたがぴくぴくと痙攣して、まつげがゆっくりと持ち上がった。起こしてしまった。ファティは少し申し訳ない気持ちになった。いい夢を見ていたかもしれないのに。パチパチと瞬きするボビーのほおを撫でる。目の間にいるのが自分だと認識するのを待ってから、起こしたか?と聞くと、むにゃむにゃとさだまらない言葉で、別にとボビーは答える。
    「いまからタバコ買いに行くけど、来るか?」
    ボビーは小さく頷いて、顔を両手でこすった。

    表通りは、家の中よりもはるかに暑かった。エントランスから一歩踏み出せば、傾いた太陽はいまだに熱を振り撒いて、ファティたちを焼いてくる。吸い込む空気は熱と湿気をはらんで膨らんでいる。
    退院したばかりのボビーの足取りに合わせて、ファティはゆっくりと歩調を落とす。
    つけたばかりの義足はまだボビーの体に馴染んでいない.本来はまだ入院してリハビリを行っているべきなのだが、ボビーは誰かの命令を聞くことを激しく嫌がる。大きな体と強い力、それから爆発的な癇癪に暴力性。ボビーの身は一般の病院で預かりかねた。
    ファティには医療の専門的な知識はないが、ボビーに付き添ってやれることに関しては誰よりも適任だった。薬の離脱症状が抜ける合間を見て、毎日散歩に誘う。効果的とは言い難いやり方だが、普段の生活からまず始めればいい。
    黄色い砂つぶがアスファルトの隙間にはさまって、まるで道順を指し示すようにうっすらとラインを描いている。一番近くの雑貨屋を通り過ぎて、わざと通り二つ向こうにある雑貨屋へと足を伸ばす。横を通り過ぎた屋台からサテの香ばしい匂いがした。ボビーが香りにつらててそちらに少し顔を向けたので、帰りに買って帰ろうとファティは思った。
    「晩飯は何が食いたい?」
    問いかけにボビーは口を尖らせて考える。ボビーがファティに向ける仕草はいつも子供っぽい。
    「ナシゴレン」
    「甘いやつか?」
    ボビーはうなずく。甘めの濃い味付けが好きなのは知っているが、一応聞いておく。
    「エビとチキンどっちがいい?」
    「ファティは?」
    「俺もどっちでもいいな。スーパーでいいエビがあったらエビにしよう。どうだ?」
    ボビーはそれでいいと頷いて、額の汗をぬぐう。あとしばらく遅い時間に誘えばよかったなと少しだけファティは思う。
    普段よりゆっくり流れていく街の風景とその中のボビーの姿を横目に捉えながら、通りをひとつぬけ、ふたつぬけ、オレンジの幌がかかった店に入る。店の奥、カウンター向こうで椅子に腰掛けた老人はファティ達の姿を見ると、今日は早いなと笑顔で声をかけてきた。
    「タバコもらえるかい」
    老人は頷いて後ろにある棚から赤い箱をひと箱抜いて、カウンターに置いた。この店でタバコを買うようになってもうひと月ほど。毎日通っていたら買う銘柄を買う数もすっかり覚えられた。買うのはいつもひと箱。明日の散歩に理由をつけるためにたったひと箱だけ。隣から首筋にボビーの熱い息が届く。ジャカルタのアスファルトのように熱い。ファティは右隣にある赤い冷蔵庫の扉を開けて、空色のラベルが巻かれたペットボトルを二本出してカウンターに置いた。そのうちの一本を取り上げてボビーのほおにひっつける。ペットボトルの吐く冷たい息に驚いて、ボビーは首をすくめて目を丸くした。ぱちぱちと二、三度のまたたいてファティを見つめていたが、すぐにペットボトルを受け取りその場で蓋を開けあおった。透明の水はどんどんとボビーの喉に消えていった。
    支払いを終え、老人に軽く挨拶をしてから、ふたりはまたジャカルタの空の下に戻る。すでに水を飲み切ってしまったボビーの手の中でペットボトルが握られてへこんでいる。ファティは自分のペットボトル半分ほど開けると、ボビーに「ほら」と渡そうとした。ボビーは最初ためらったが、ファティの上目遣いの微笑みにうながされて結局は受け取る。空のペットボトルをズボンのポケットに無理やり突っ込むのがひどくボビーらしくてファティは笑った。

    それなりの距離を歩いて着いたスーパーはクーラーが壊れていてひどく暑かったが、新鮮なエビを買えて二人は満足だった。
    その夜、ファティが作ったナシゴレンを彩る太陽のような目玉焼きは、ボビーが焼いた。黄身が少しつぶれていたけれど、焼き具合は文句なしだ。ウィスヌより上手いと褒めたら、ボビーは機嫌良さそうに笑った。
    破れた太陽はふたりの腹の中にきれいに消えていった。


    明かりを消すと室内は外と同じ色になる。うっすらと浮かび上がるベットの白い輪郭を頼りにそこまで歩き、横たわるボビーの隣に座った。ボビーが寝付くのを待ってからファティもその横で眠るのがここのところの毎日の光景だった。他の部屋にもベッドはあるし、たいして広くもないベッドに大きな男二人で眠るのは非効率的だが、薬物の後遺症でうなされるボビーのそばにいてやりたかった。せめて自分だけはここにいるのだと。それに離脱症状で睡眠中に嘔吐する可能性を考えると離れて眠るのは不安だった。
    電気を消した青暗い夜の中でぼんやり見えるボビーの丸い額をなで、くせの強い髪を指ですく。繰り返すうちにボビーのまぶたがとろとろと閉じていく。ゆっくり呼吸をしながらそれを見つめる。ぴくりとまつげが最後にひと振れするをの見届けて「おやすみ」と告げる。
    そうして音という音が、すっかりボビーの寝息だけになったころ、ファティは部屋の入り口に男が立っているのを見つける。

    夜、時折訪れるその男には影がない。

    アダム。俺たちの仲間だった男。
    額には丸い穴が空いていて、そこから黒い汁がとぽん、とぽん、と、とめどなく垂れている。古いカビの匂いの混じった血。何も言わない、敵意もない。ただそこに立っている。電気を消し、ファティが一人になると現れた。幻覚か、幽霊かなんてことはファティにはどうでもよかった。見えていることは事実だ。今更もう何もしてやれない仲間にかける言葉をファティは知らない。だから、ただ消えるまでその死を見つめるだけだった。
    今まで現れるのはアダムだけだった。しかし今日は後ろにもう一人いた。
    ああ、やっぱり。
    ファティの喉は締まり、苦しさに満ちた息が短く吐かれた。
    デウォ。薬をつかまされ不当に刑務所に入れられた俺たちの仲間。来年で明ける刑期を待たずに獄中で殺された。
    朝の電話は彼の家族からだった。
    刑務所の中は逃げようのない狩場だ。対立する組織の奴らに囲まれ、追い込まれ群れに食い殺される。研いだ歯ブラシの先で首を切られたと、そう教えてくれた彼の家族の声は、ひりひりに乾いていた。
    目の前のデウォは何か言いたげに口を動かす。けれど喉の傷のせいで声は唇まで届かず、途中の穴からヒューヒューと空気として漏れるばかり。目はただただ真っ黒で何も写していなかった。というよりは目が入っているはずの場所には何もなかった。皮膚はあちこちが裂け、血の気のない灰色のうえに青ぐらいアザが蛇の模様のように這っていた。
    そんなふうに、お前は。
    現実に見てはいない刑務所での残酷な最期をを
    夜の中でファティは知る。自分の力のなさを知る時の絶望で指先が痺れてきた。見ている事しかできない惨めさ。浅い息を繰り返しながら心の中で謝る。イトウのように、俺にもっと力があればこんなことにはならなかっただろう。圧倒的な暴力が失われた時の反動を大きさを、自分が知らなかったわけはない。
    どれぐらいそうしていたかわからない。身動きひとつ出来ないファティが見つめる中、今度はゆっくりと二人は形を失い始めた。暗い夜の影の中に溶け込んでいく、輪郭が夜になる。消えていく顔には虚さはあっても安らぎはない。足が、腹が、腕が、肩が、そうして頬がなくなり、最後に鼻が溺れゆくように沈む。そうして全てが夜になった。
    そこでファティはやっと瞬きをする。乾いた目を潤すための涙が目の淵を濡らした。二、三度瞬く。目を瞑っても、開いても、深い影の中は音もなく、もう誰も、いない。

    俺は誰も助けられない。
    だから、誰もいなくなってしまった。

    「ファティ」
    急に音が戻ってきて、ファティは驚いて声の方を振り向く。いつの間にか隣で身を起こしていたボビーが目に入った。どうした?と聞いた声は千切れて掠れていた。
    額に滲んだ脂汗を見られたくなくて、拭おうとしたところを、大きな手で両頬を挟まれた。体温の高い手のひらが、冷えた肌に染みる。ふれた先から夜の冷たさが遠のいて、指先に感覚が戻ってきた。
    「ここにいる」
    ボビーは静かに言い、ほおを挟んでいた手を首筋に滑らせる。その下に流れる血を確認するように。ボビーの手のひらの下で脈を打つ自分の存在をファティは感じた。ファティは手を伸ばし、同じようにボビーの首筋に触れた。
    生きている。
    そう感じてファティはやっと「そうだな」と言葉を返せた。誰もいなくなった夜の中。それでもお互いだけはそこにいた。暗がりの中で少しだけ残っていた光が集まってボビーの目を火を灯す。そこに自分の顔があった。きっと自分の目の中にボビーもいるのだろう。お互いの目の中にお互いがいる。

    夜の中にただ一人、俺を置いて行かないでくれるお前。

    脂汗でぐっしょり濡れたファティの体をボビーはぎゅうと抱きしめて、そのままベッドに寝転がった。ファティの視界は白いシャツに覆われたボビーの胸ばかりになる。その下の心臓を耳を当て目を瞑る。夜の中、ファティを震わせる生きる音、放つ熱、髪にかかる湿った息。
    一人じゃないということを全てで理解して、ファティはその心地よさにまどろんだ。

    この腕の中でならきっと朝を迎えられる。
    おやすみと言うと、おやすみと返ってきた。
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    yosieeeeeeeeee

    DOODLE楚さんと郭ちゃん。楚さんしかでてこん。
    すべての名前というもの忘れたくないから日記をつける、そう聞いたことがある。

    歳にしては幼い文字で書かれたノートを楚は無表情にめくる。罫線に沿って行儀よく並んだ文字が話すのは、日々起こる事件とそれをうけての郭長城の気持ちだ。
    人の日記を勝手に見るのは大変失礼な行為だ、楚にもそれくらいのことは分かっている。踏み込まれたくないプライベートというものは人それぞれあり、楚自身にももちろんある。
    日記というものがそれに当たるというなら、机の上に無防備に忘れていくべきではない。そんなことだから、誰もいない特調所で机に足を乗せられ、こんなふうに楚にプライベートを踏み荒らされるはめになる。
    楚は好んでこの新人のプライベートを漁りたいわけではない。郭長城、海星艦の役職付きの身内の入所。その立場の人間をスパイと疑うのは筋違いではないだろう。内外の敵を見張るよう命を受けている楚には、その人物が書きつけている日記を把握しておく必要性があった。押し付けられた教育係は心底面倒臭かったが、内実を探るには好都合ではあった。役に立たない、それすらも演技かもしれないのだから。
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