ナハトと真夜の話「これは百五十年年前の絵画だそうですよ」
ホテルのロビーに飾ってある絵画だ。なんとはなしに目に留めた絵画だった。口にして、然程興味もないだろうなと思っていたが、ナハトは私と同じく足を止めた。
画面を見て、それからキャプションを眺める。眉を寄せ、何かを思い出すように思案する。
「お知り合いの方ですか?」
「聞いたことがあるような、……ないような。いちいち覚えていない。ただこの絵画は見た気がする」
口元に手を当て、絵画を見つめる。記憶の糸を辿るナハトの表情を見ていると、ナハトを遠く感じる。共に歩み始めたばかりの私の人生にはないものだ。見えている世界が違うことはいつでも私を焦らせる。
私が綺麗だ、とただ思っただけのにこの人はそうではない。この絵画に対するひとつをとっても名のしれない一介の画家、作品群がナハトの中では思い出の一つなのだろう。この絵に向かった作者と言葉を交わし、物語がある。
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