もう行ってるから大丈夫「うわ、イケメン」
彼を目の前にしてぽろりと出てしまった言葉を押し戻すように口元を押さえた。そんなことをしても音として発されてしまっているものをなかったことにはできない。見上げるような高さにある紅い瞳はきょとんとこちらを見つめていた。通った鼻筋と色味が薄い肌、仕立てがよさそうなスーツを纏った恵まれすぎてる体格。実際目の当たりにしたその見目は、雑誌に写真が載っているんじゃないかと思うくらいだった。
「ちょっとちょっとちょっと、何見つめ合っちゃってるんですか~?」
じっくりと彼を観察、もとい鑑賞していれば見慣れた顔が視線を遮るように割って入ってきた。まるで彼を私の視線から庇うように立ちふさがる白瀬さんの表情は、拗ねたようにむくれている。
「話には聞いてたけどかっこいいなーって思って」
「あのねぇ~……」
がしがしと白瀬さんは頭を掻いて少し何か考えてから、ずい、とその顔を寄せてきた。伏し目がちな視線がまっすぐ私を見て……要はいつもの、作ったきらきらしいキメ顔を作って彼は小さくささやいた。
「そんな熱い視線向けるなんて、妬けちゃうな」
「白瀬さんの顔見慣れちゃってるんで味変欲しかったんですよね」
一般的にはきっと色っぽいと言われるのだろう普段よりも一段低い声も、この人たまにやるしなあ、という程度だ。むしろ息がかかるような距離なのになんだかいい匂いがすることに敗北感しかない。白瀬さんだって最近の私がなびかないことを知っているからこういう戯れをするのだ。
白瀬さんの後ろで、彼は呆れたようにため息をついている。その視線は仕方ない年下たちを見守るそれで。
「だって鼎さんは僕のですし~」
「え、そっちなんですか白瀬さん。ちょっと、私という可愛い後輩は?」
彼の隣に白瀬さんが並び立つ。タイプが違うイケメンが並んでるとそこだけ光量が多いように感じるのはなんでだろう。
それに、白瀬さんが浮かべている笑顔は見たことも無い、はにかむような幸せそうなもので。
▼
てんてれれん、と金属を転がすような音が頭の横で鳴る。重たい脳みそをしぶしぶ動かして、ぴかぴか光るスマホの画面を押した。カーテンの隙間から見える空はまだ薄暗い。末端から起動させていくように、ゆっくりと体を起こした。動かないといけないと思えば思うほど、ふわふわの毛布が離さないでと懇願しているような心地になる。
頭の酸素を入れ替えるように大きくあくびをして、ようやく目の前がはっきりしてきた。いつもの、見慣れた私の部屋。
「夢に出るなら白瀬さんのところに行ってあげてよ」