『私の声が聞こえますか』制作裏話■着想
『「繊細さん」の本』という本に(要約すると)『世界の美しさ等を深く味わうのは繊細さんの得意技』と書かれている読んで、小さなことに幸せを感じる素敵な女子高生と、その女子高生の世界を愛する後輩の話を書きたいと思いました。
高校時代に書いた、女の先輩と男の後輩が屋上や音楽室で生きづらさについて語るだけの掌編をベースに、イメージを膨らませました。
最初は、虹が何色なのかは国や人によって違うというエピソードを中心にしようとしていました。タイトルは「何色の虹」でした。
ですが、後輩が一方的に女子高生の世界を賛美するだけではなく、後輩の抱える悩みを女子高生が聞くという構成にもしたかったので、耳の良い先輩×声の小さい後輩という設定になりました。『空想フォレスト』『少年ブレイヴ』というボカロ曲にインスパイアされています。ざっくり言うと、自身の忌み嫌っていた力で、一人の女の子を外の世界に連れ出す話です。ここから、自分の嫌いな優れた聴力で、後輩を喜ばせる構図が浮かびました。この頃から、タイトルが『私の声が聞こえますか』に固まりました。
■一度エタった
1万字ほど書いたものの、行き詰りました。そのうち、『恋に落ちてはいけない20分』(こいにじ)を思いつき、そちらを作りたくなったので、わたこえは一度エタりました。
エタった理由は、先輩と後輩の会話が楽しくなかったからです。二人とも大人しい性格だったので、会話がまったく盛り上がりませんでした。
こいにじ完成後、色々なネタを考えたのですが、どれもしっくり来ませんでした。そこで、エタったわたこえの内容を見直し、とにかくノリで書いてみたら、先輩も後輩も性格ががらりと変わり、それなりにテンポの良い会話を書けました。そこからは、①とにかくノリでシナリオを書く ②ノリで書いたシナリオの意図を分析してプロットを練り直す を交互に繰り返しました。
それでも行き詰まっていたある時、森絵都の『つきのふね』の「みんな普通じゃないんだよ」という趣旨の台詞を読んで、普段考えている色々なことや過去の経験諸々と結びつき、今の形を思いつきました。卓也君や坂入さんにもマイノリティの設定を追加して、物語が息づき始めました。
こいにじの前を合わせると、シナリオだけで1年以上かかっています。
■大変だったこと
・高峰先輩と黒木君の悩み
高峰先輩や黒木君は、私にない悩みを抱えているので、そこをリアルに描けるかどうかが一番不安でした。色々と調べて、何とか今の形になりました。
特に高峰先輩の描写に違和感が無いかすごく不安だったのですが、公開直後、高峰先輩と同じ悩みを持つ方や、同じ悩みをご家族に持つ方から、たまたま感想をいただき、心底ほっとしました。
・『恋に落ちてはいけない20分』の「次」を出す怖さ
前作こいにじの反響が予想以上に大きかったので、プレッシャーを感じていました。私が勝手に重圧を感じていただけですし、周りはそれほど気にしてないのは、十分理解していました。ですが、次を出すことへの怖さはなくなりませんでした。
この重圧は、時を経るほど重くなると思ったので、とにかく3作目を出してしまおうと考えました。どれだけ努力したところで、今の私では新しさやインパクトでこいにじを超えることはできません。ですが、今回はオープニングムービーやエクストラにこだわることで、「この部分はこいにじ以上!」と自分に言えるようにしました。
また、前作の丹羽さんがあまりにも私の好み過ぎたので、魅力的な若い男性を描ける気がしませんでした。なので、メインキャラクターを女性にしました。
■ボツになった話の一部
・黒木君が夢を叶えるエンディング
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「先輩と同じ県外の大学に行く」
と黒木君が言ったときに、高峰先輩が
「そんなことで決めちゃダメ。ちゃんと自分のしたいことを一番に考えて」
と言う。
考えた結果、黒木君のやりたいことは、先輩と同じように悩んでいる人を救うことだった。黒木君は、聴覚過敏について研究している教授のいる大学に入る。卒業後も大学で研究を続けた。
先輩との物理的な距離は想像以上に高い障壁で、いつしか連絡は途絶えた。10年くらい経った後、先輩から「結婚した」と連絡が入る。
しばらく経ち、黒木君はある論文で受賞した。インタビューで、ある先輩との出会いがきっかけだったこと、その先輩との恋は上手くいかなかったけど、その頃の思い出は今でも自分の宝物であり、うまくいかなかったからこそ、研究に打ち込めたと話す。
***
実は、このエンディングが一番好きです。ですが、高峰先輩が悩みを打ち明けた後に分岐するのもイマイチなので、泣く泣くボツにしました。
なお、本編で黒木君がヒーローになりたいと夢を語るシーンがありますが、このエンディングの伏線でした。
・中二病と高峰先輩
「俺は人とは違うんだ……!」
と主張する中二病の同級生に、高峰先輩が、
「そっか。それはつらかったね。理解できるか分からないけど、私で良ければ話を聞くからね。」
と言うと、
「嘘です、ごめんなさい」
と同級生が去る話。
問題の粒度が違うし、ギャグにするにも何か違う……と感じたのでボツになりました。
・アメリカ人留学生の意見
アメリカ人留学生から見ると、高峰先輩の悩みも、黒木君の悩みも「人と違うのは当たり前でしょ」と一笑に付されると思います。そういう外の世界の意見も入れたかったのですが、上手く組み込めませんでした。
・高峰先輩は幽霊というミスリード
高峰先輩は幽霊だというミスリードを入れていたのですが、冗長になったので削りました。ですが、何人か幽霊だと思ってくださった方がいました。屋上といえば幽霊というのはお決まりなのでしょうか。
・こいにじの丹羽さんが出てくる予定だった
黒木君が高峰先輩を追いかけるシーンで、黒木君が丹羽さんとぶつかって、一度先輩を見失うが、丹羽さんに励まされてまた追いかけるというシーンがありました。ですが、丹羽さんが出てくること以外、特に意味のないシーンだったので、削りました。過去作のキャラクターが出てくる展開は、一度作ってみたいですね……。
■キャラクター
・高峰明日架
「高い峰から明日に架ける」のイメージから命名しました。黒髪ストレートは正義! からかい上手な性格になり、自分でもビックリしています。
編み込みをしていてもボリュームが出るほど、髪は多いです。耳を隠したいけど、広がるのは嫌で、毎朝頑張ってセットしているのだと思います。
・黒木箔斗
黒と白を含む名前にしたくて命名しました。ですが、黒い部分はあまり出てきませんでした。初対面の相手ともそれなりに喋る性格になり、驚いています。
髪がうねっているのは、くせ毛です。卓也君から短髪は楽でいいよと言われていますが、似合わないため、今の髪型を頑張ってキープしています。
■小ネタ
・過去2作の絵が出ている
電車の広告に、1作目のジェラルドさんと2作目の丹羽さんが載っています。オープニングにも一瞬だけ映っています。
一度、過去作の要素を盛り込んでみたかったのです。今後もやるかは分かりません。
・高峰先輩の手の位置
高峰先輩の立ち絵とスチルについて、高校生のときは全て左胸(急所)の前に手があるか、左胸を正面から大きくそらしています(=自分の心を外部から守っていることを表現)。エンド2のラストシーンで、黒木くんが高峰先輩の手をとることで、手が胸の前から離れました。
大学生になると、登場時から手が胸の前から離れています。手の位置でも高峰先輩のまとってる鎧を表現していました。