本当に大事にしたかったものは ない、あのリボンがない。
いつも無表情な冬星の顔色が変わる。いつも髪に結んでいるリボンがないのだ。朝から結んでいたはずなのに、はらり、と横髪が視界に入って気がついたのだ。解けないように強く結んだというのに、一体どこに落ちたというのか。
冬星は来た道を引き返し、キョロキョロと署内の床を見る。だがリボンが落ちている様子はない、一体どこに落としたというのだろうか。とても大切な、自分の命よりも、それ以上にも大切なものだというのに。
「……」
最悪な予感をして顔を真っ青にさせる。見つからなかったらどうしよう、と手が震えた。自分の大好きで大切なあの子の唯一のものだというのに、その時、後ろから声をかけられた。
「冬星くんじゃん、どうしたの」
その相手の声を知っている、冬星は恐る恐る顔を振り向いてその相手───祀の顔を見た。冬星にとって祀はどこか胡散臭く、いつも笑ってる顔を見るが、その笑ってる顔が仮面のように思えて、正直に言うと苦手だった。
けれど、一度だけリボンの事を馬鹿にされて相手に手をあげようとした時、止めたのは祀だった。その時は署内だから、と言われてしぶしぶ辞めたが、後からやるなら上手くなりな、とも言われた。
その縁かは知らないが、自分に人間の急所や、やられたら痛い所を教えてもらい、いわゆる体術を教えてもらうようになった。体術に関しては家柄の都合で教わってはいたのだが、それでも祀を転ばせられなかった。いつもおしい所までいって、いつの間にか自分が地面に倒れてる。その繰り返しだった。
冬星はそれらの事があっても、祀には一度もリボンの事を話さなかった。話す必要性がなかったのもあるが、それでも相手は何も聞かなかった、その対応が、冬星にとってはありがたかった。
相手に頼ってもいいのだろうか、いや、いつも無表情だというのに今の顔を見られたからには、誤魔化しが聞かないだろう。いつも結んでいるリボンが見えてないだけで、相手は察しているに違いない。上手く言えるだろうか、冬星は震える口をなんとか開けて話す。
「……リボン、落として……」
「落ちたところ目星あるの?」
「……まだ署内に来たばかりだから……。……っ」
「なるほどねぇ」
そう言って祀は床を見始める、一緒に探しているのだろうか。黙って祀を見ていると、相手は不思議そうに冬星を見る。
「あれ、探さないの? 大事なもんなんでしょ」
「……向こう探します」
どうやら一緒に探してくれるらしい、冬星はそう言うと、祀のいる場所より離れたところまで歩き、探した。探しつつ、ちらりと祀を見る。なんで探してくれるのだろう、分からない。相手のその好意を甘えていいのかすら分からない、何も聞かないま祀にも、そんな相手に頼った自分にも。そんな時、肩を叩かれた。
「見つかったよ、これでしょ」
祀が手に持っていたリボンをみて冬星は目を見開く。祀が言うには、どうやら風かなにかに飛ばされて椅子の下に潜り込んでいたと。冬星はやっとやっとでお礼を言い、リボンを受け取ろうとしたが、祀から髪を触られる。そして結ばれた。
「大事なものはちゃんと持っとかないと、本当になくしちゃうよ」
そして頭をぐりぐりと撫でられた、本当は誰にでもリボンを触られたくないはずなのに、見つけてくれた祀にでさえ、そう思っていたはずなのに、だからリボンを受け取ろうとしたのに。拒絶できなかった冬星が居た。その言葉を聞いたからだろう。
大事なもの、もちろんリボンの事だ。けれど、本当は、リボン以上に大事な存在があったのだ。あったのに、守れなかった。本当になくしてしまった。もうあの子はいない。
「……本当に大事にしたかったものは、僕の知らないところで無くしてしまいました」
口から勝手に出た言葉は、泣きそうな声だった。