少年はその日、出会えたのだ。隣にいてくれる人と 下区のとあるでこぼこと、舗装されていない土の道を歩く小綺麗な少年がいた。短く綺麗に切りそろえられた髪、服装も子供が着るには上等なもので、一目見てすぐに上区に住んでいる人間だと分かるだろう。少年の顔は何かに絶望しているような、真っ青な顔だった。
「……」
少年は何も言わずに歩く。他の下区の人間の視線が痛かったが、それどころではなかった。この少年は、上区にあるとある名家の跡取り息子だ。名前は八神柘榴、八神という名は誰しもが知っている名家中の名家だった。
柘榴もまた、その名家に生まれたゆえに生まれた頃から期待を一身に背負わされていた。文字書きができる頃には、子供には早いだろうと言われるほどの教育をされた。柘榴は元から頭の回転がはやかったのもあり、色んなことをこなす度に、周りの期待の重さがのしかかる。いくら出来るとはいえ、まだ幼い子には、その期待は重かった。
柘榴は天才と言われるのをこの時から嫌っていた、必死に家のものからの期待に答えていたのは、彼の努力の結果でもあった。なのに、誰しもがその努力を知ろうともしなかった。
それに耐えきれなくなった柘榴は、今日、自身の誕生日に家を飛び出した。今日だけは、八神柘榴になりたくなかったのだ。だからといって行くあてはない、けれど、近場だとすぐに見つかる。あてもなく、柘榴は下区に来たのだった。
このままなのかな、と柘榴は目を伏せる。このまま、家の期待に答えて、自分を殺して、操り人形に。嫌だな、と呟いた時、地面に自分以外の影が見えた。柘榴が顔を上げると、自分より身長の高い、少年がいた。服装も薄汚れており、柘榴の事をじっと見ていた。なんだろうか、と柘榴がみるとその少年は口を開く。
「おい、なんか金目のもの置いてけよ」
どうやら柘榴を見て一目で上区だと分かってたらしい。柘榴は少し考えた、この目の前の少年は、自分の家のことを知らないのだろうか、なんて思ったのだ。
「……その前に質問いい? 八神って知ってる?」
「いや知らねぇな。ここじゃ綺麗なもの持ってるやつはみんな上区の奴らぐらいしか」
「……そう」
少年が嘘をついてるようには見えず、本当に八神家の事を知らなさそうに見えた。初めてだった、八神家の事を知らない人間に出会えたのだ。誰かしら、八神と聞くと辟易したり、ヒソヒソと何かを言ったりする。もう慣れていたが、いい気はしなかった。するわけがなかった。
だからこそ、初めての反応に何か柘榴の心の中で解けたような気がした。それは雪解けのような、暖かい何かに照らされて、溶けたような、そんな感覚だった。
柘榴は思わず、少年の腕を掴んで迫るように口を開く。
「……取引しよう、僕の隣にいてほしい」
「……メリットは?」
「君の欲しいものはあげる。……だから、僕の隣に……いて……。ずっと僕のそばに、……っ」
泣きそうになって慌てて下を向いた、泣きそうになるなんていつぶりだろう。柘榴ですら混乱していた、初めて会った相手に、こんなことを言ったことすらも驚いていた。
下を向いた時、チャラリ、と首から何かが音がした、そのネックレスは、前の柘榴の誕生日にと渡されたネックレスだった。金のチェーンに繋がれ、金のプレートの真ん中にガーネットが埋め込まれていた。ガーネットは柘榴石と呼ばれている、だから渡されたのだろう。けれど、柘榴にとってはそのネックレスは自分にとって似合わないとずっと思い込んでいた。柘榴はそのネックレスを外し、少年に渡す。
「これ、あげる。これはもう君のもの、君の自由にしていい。……僕の言葉を信じて欲しい、僕は君を信じたい。だから、ずっと僕のそばにいて欲しい」
「……ふーん……。いいよ、そばに居てやる」
そういうと少年はネックレスを柘榴から受け取った。柘榴が名前を聞くと、少年は銀湾夜帳、と答えた。夜帳、と柘榴は何回か呟いた後、なにやら向こうが騒がしい気がした。家のものが来たのかもしれない、その時夜帳が柘榴の腕を掴む。
「こっちこい」
「え……」
「なんか知らねーけど、見つかったらめんどくさい事になるんだろ、こっち抜け道。こっちからさっさと帰れ」
「……ありがとう、また来るね」
「おう」
夜帳から案内されたのは一見みると草がひしめくように生えているけもの道だった、こんな道を歩くのすら初めてで、柘榴にとっては新鮮で、まるで冒険をするような気持ちになった。少しすると、先程歩いた道の脇にでた、柘榴は後ろを向いて夜帳と向き合う。
「……また明日」
「約束守れよ」
「僕は守るよ」
この日、柘榴にとって初めての理解者なりえる、隣にいてくれる人と出会えた。