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    さわら

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    さわら

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    お題「お酒」

    ##エリオスR
    #アシュグレ
    ashGray

    酔いのせいにして 唇の熱さ。アルコールの香り。
     含んだ瞬間の水の冷たさに辛うじて理性を留めているけれど、口づけ合ってしまえば、次第に頭がぽうっとなっていく。
    「んっ、ん……」
    「……は……」
     ぴちゃ、ぴちゃ。鳴るのは水を分け与える音か。それとも、違うものか。
     どちらでも構わないような気分になりながら、請われるままにグレイはアッシュの唇に触れていた。

     *** *** *** 

     日々の仕事やトレーニングで身体は疲れ、趣味のゲームに興じる時間は当然ながらヒーローになる前とでは雲泥の差だ。それでも、久しぶりに触れば楽しく、ついつい夜更ししてしまった。とはいえ、日付が変わってそれほど経っていない時間に区切れたのはまだいい方だろう。
     既に就寝しているビリーを起こさぬようにそっと部屋を出て、喉を潤すためにキッチンへと赴いた。冷えたミネラルウォーターを喉に流し込んで乾きを癒していると、ふいにがたん、と物音がした。
    「……っ、え……?」
     こんな時間に誰だろう。消灯時間を過ぎた今、イレギュラーなことでも起きない限りは、誰も訪れないはずだ。物音に驚いてびくりと肩を跳ねさせたあとで、グレイはおそるおそるその音のした方へと顔を向けた。
    「……アッシュ?」
     壁に凭れるようにして立ち尽くしているスーツ姿の男がそこには居た。短く切りそろえられた銀髪が項垂れるようにして俯いている。その姿に驚いて、グレイは思わず声を上げれば、項垂れていた頭が緩慢に持ち上がって、ばちりと目があった。
    「……ギーク……」
    「ど、どうしたの……?」
     喋るのも億劫なように覇気のない声だった。珍しい、と思う前に驚いて問いかけてしまったけれど、答えはない。けれど声以上に動くことすらも怠いとでも言わんばかりのアッシュの様子は、まるで手負いの獣のそれだった。
     舌打ちし、預けていた壁から身体を離してよろりと歩く姿は、まるで最後の力を振り絞っているかのようで。普段の肩で風を切るように振る舞うそれとはかけ離れている。
     だから、思わずグレイは駆け寄ってしまった。一度は振り払われたけれど、二度目は諦めたのか大人しくグレイに身体を預けてきて、引き摺るようにアッシュをソファまで連れて行った。
     密着した身体から、彼が普段身につけている香水やポマードの香りとは違う種類の独特の臭気がして、彼がいつもと様子を違えている理由を知ってしまう。
    (そういえば、パーティーに呼ばれてるとか言ってたっけ……)
     いつもは主催側にまわることが多い男は珍しく来賓として呼ばれたらしい。いや、グレイが知らないだけでたびたび招かれたりしているのかもしれないが。
     ともあれ、彼はその席でアルコールを摂取してしまったのだろう。
     意外なことにウイスキーボンボンですら口にすれば頭が痛いと不調になる男は、驚くほどに酒が弱かった。だからアッシュは自ら酒を口にすることはない。
     おそらくは飲まされたか、飲まざるを得ない状況に置かれてしまったかのどちらかだろう。
     酒を『飲まない』と公言はしているが、実際のアッシュはといえば『飲めない』のだ。『飲まない』と『飲めない』とでは印象が変わってくる。そしてアッシュの性格上、おいそれと弱点を晒さないだろう。少なくとも、グレイは共同生活をおくる中でそのことに気づいたくらいだ。
     彼の自室に置かれた酒瓶や、共用ルームの酒棚は彼のその性格を示してもいるようだ。彼自身は飲めないのに、周囲には殆ど晒さないせいかアッシュ宛の贈答品としていかにも高級そうな酒が贈られてくる。ほとんどが飲まれることもなくオブジェと化していて、置かれているとも知らずに。
     ソファに漸く腰を落ち着けた男は、ぐったりとしながらも忌々しそうにネクタイを緩めていた。
    「だ、大丈夫?」
    「……水、よこせ」
    「う、うん。ちょっと待ってて」
     言って、再びミネラルウォーターを取りに行こうとすれば、アッシュは「いい」と短くそれを制した。
    「それ、よこせよ」
     緩慢な動きでそれ、と顎で示されたのは、未だ手に持っている飲みかけのミネラルウォーターだ。
    「え……? で、でも、これはさっき僕が飲んだやつで……」
    「だからそれでいいっつってんだよ」
     いつもの短気に更に拍車をかけたように、苛立ちを濃くした尖った声がする。自分ではままならない気怠さがきっと忌々しいのだろう。
     そんな状態でよく一人でここまで戻ってこれたものだとも思うが、それもきっと弱みを見せたがらないアッシュの性格ゆえなのだろう。実にアッシュらしいとグレイは思う。
     グレイは手に持つそれをおずおずと差し出した。けれど、自ら口にしたくせにアッシュは受け取ろうとはしない。
    「……あの……?」
    「……怠ぃ。……ギーク、飲ませろ」
    「え」
    「でけぇ声出すな。頭に響くんだよ」
    「だ、だって……」
     そんなことを言われても、とグレイは困惑するしかない。戸惑ったまま動けないでいれば、ぎろりと睨めつけられた。
     びくりと肩を跳ねさせ、今一度アッシュを見るがどうやら心が変わる気配はない。
     グレイは観念してペットボトルのキャップを外す。それをそのままアッシュの口元まで持っていってやるが、上手く飲めないのか傾けたそれは唇の端からたらりと溢れてしまった。
    「あっ」
    「チッ、下手くそ」
    「……だったら自分で飲んでよ……」
    「あぁ?」
    「……っ!」
     悪態を吐かれる謂われはない。ぼそりとごちれば、それはしっかりとアッシュの耳に入ってしまったようで、苛立ちのままにすごまれた。
     しかしそのやり取りも面倒くさいとばかりに「もういい」とアッシュが終息を告げるかのように口にして、グレイはほっとしかけた。
     けれど、そうではなかった。
    「口移しにしろ」
    「……え……? ……えぇ」
    「だからうるせぇつってんだろ!」
    「だっ、だって……あの……く、くち、口移しって……」
     突然何を言い出すのかと目を白黒させた。口移しということは、口づけをするのと変わらない。カッと頬を赤らめる。
     からかっているのかと思えば、アッシュにその色は見えない。
    「今更それぐらいで戸惑ってんじゃねえよ」
    「そう……、かも、しれないけど……」
     恥ずかしくて目を逸らす。
     一応、グレイとアッシュは所謂恋人同士という間柄であった。そこに至るまでは紆余曲折有り、今でも半信半疑の部分もある。けれど、たぶん、きっと、一応、おそらくは、そういう間柄……であるはずだ。
     だからアッシュとはこれまで何度となく口づけていた。キスどころか、言葉にするのも恥ずかしいようなそれ以上のことだってしてもいる。
     アッシュの言うように、キスひとつで戸惑うなどと今更も良いところだとは思うけれど。
    「……アッシュ……」
    「はやくしろ」
    「う……」
     許して、と告げるように見ても、今のアッシュには何一つ伝わらなかった。いや、それは弱っている今のアッシュであろうが常のアッシュであろうがきっと変わらないだろう。
     横柄で横暴。唯我独尊、傍若無人を絵に書いたような男だ。彼のなかで決定事項となったそれは、たとえグレイが躊躇おうともお構いなしだ。グレイでは覆すことがかなわない。従うよりほかない。
    「ギーク」
    「……」
    「……グレイ」
    「……っ」
     普段は呼ばれない名前を彼に口にされると、弱い。
     ぎゅうと目を瞑って、グレイはペットボトルに口をつけた。ひやりと冷たい水が流れ込んできて、けれどそれを口の中に留めたまま、おずおずとアッシュの唇に己のそれを近づけて、そうっと重ねた。
     普段よりも熱い気がするそれにどきどきと鼓動させながら、薄っすらと開いた唇に含んだ水をゆっくりと渡す。
    「……ん……」
     こくこくと喉を鳴らして、アッシュの隆起した喉仏が上下する。もっとだ、とまるで請われているみたいだと思った。グレイは再び水を含んで、アッシュに口づける。
     アルコールを纏った呼気。熱い唇に唇を重ねると、まるでこちらにもその熱が移ったようにぽうっとなる。
    「ん、……っ」
    「……は……」
     ぴちゃ、と水音が鳴る。
     キスといっても、名目上はただ水を飲ませているだけの行為だ。けれど、次第に夢中になっていた。
     水を口に含んで、それをアッシュに移して。繰り返すだけの単純な動作。なのに合間に唇を食まれ、食み返して。気がつけば無用なのに舌さえも絡ませていた。
     皆寝静まる深夜、共用ルームに響くぴちゃぴちゃと鳴り響くその水音は、果たして水を受け渡すだけの音だろうか。
     酒を含んだせいなのか、いつもよりも苦味を感じる舌に己のそれが触れ合ってぞくりとする。
     罪悪感とも背徳感ともつかない感覚がグレイの背筋を這う。
     けれど、そうすることが自然なように、止められない。
     まるで、アッシュの酔いが移ったみたいだ。身体が熱い。
     いつの間にかアッシュの膝に跨るような格好にされ、腰にアッシュの手がある。唇を離せば、見上げるように夕焼け色をした瞳があった。
     その色に、いつもの覇気はない。
     普段とは違うスーツ姿で髪型もきっちりとセットしているアッシュの姿とも相まって、苦手な酒のせいで気怠げな雰囲気を纏っているだけなのに、色気があるようにすら思える。
     非常に不思議な気分だった。
     言葉にし難いような気持ちを覚えている。
     あのアッシュを前にして、恐怖とは違う意味で心臓がどきどきするのだ。
     口づけの余韻。アッシュから香るアルコールの匂い。グレイの頭は酔ったようにぽうっとなる。
    「……もっと飲ませろ」
    「ん……」
     もう既にただの口実だとわかっている。いや、寧ろ最初から口実だったのかもしれない。
     けれど、もうそんなことはどちらでも良かった。
     もう暫く、この唇の熱さを感じていたい。
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