馬鹿な弟だと𠮟ってくれ「お前にはわからないだろうな」
「あき、」
「傲慢でムカつく姉だと思ってた。『姉』だって自分に言い聞かせて。なのに、こんな…」
普段なら絶対にしないのに、乱暴にベッドへ押し倒してきた彰人。震える手で私の胸倉を掴みながら、呪詛を吐くかの如く『傲慢な姉』への文句を連ねていく。
「なんで……っ! なんでオレがこんな気持ちにならないといけないんだ…!なんでいつも、いつもいつもいつも……ッ!」
その表情は怒りと悲しみが入り混じったような、複雑なものだった。
「なぁ…オレの姉だろ…?助けてくれよ。もう、こんな気持ち持たないように…馬鹿な弟だなって、叱ってくれよ…」
壊れてしまいそうなほど弱々しい声音だった。今にも泣き出しそうに顔を歪めている弟に私はなんて声を掛ければいいのか分からなかった。
……私にはわからないのだ。
弟の本当の苦しみも、痛みも。私がどんな言葉を掛けても、慰めても意味がない気がしたから。だから、何も言えなかった。
ただ黙って弟の顔を見つめることしか出来なかった。
無力感や罪悪感に押し潰されそうになった私は気付いたら彰人の頬に手を伸ばした。
親指で目元を優しく撫ぜれば、彼の肩が大きく跳ねる。
「……ごめんね」
謝ってもどうしようもないことはわかっている。でも言わずにはいられなかった。
「本当にごめんなさい……」
どうして今まで気付かなかったんだろう。ずっと近くに居てくれたというのに。私は無意識のうちに目を逸らしていたんだ。
家族だからこそ話せないこともあれば、踏み込んで欲しくないことだってあるはずだ。それを理解した上で、自分のエゴを押し付けて。
「ごめんね…」
傷付けてしまったことを後悔してもしきれない。涙が出そうになるくらい苦しくて、申し訳なくて、自分が許せなかった。
だけど同時に思うことがある。
それは彼が私に対して抱いている感情のこと。それが何なのかまでは分からないけど、もし仮にそうだとしたら、彼は一体どれだけ辛かったんだろう。苦しかったんだろう。
「……お前が悪いわけじゃない」
暫く沈黙が続いた後、ぽつりと呟いた彰人は私の手を掴んだまま起き上がる。そのまま手を引かれるとベッドの上に座って向かい合う形になった。
「悪いのは全部オレなんだ」
俯きがちに告げられた言葉の意味がわからず首を傾げると、不意に掴まれていた手が離される。代わりにそっと抱き寄せられて身体が密着すると同時に耳元で囁かれた。
「でもオレをこうした責任取ってくれるよな?」
「え……?」
聞き返そうとしたけれどそれよりも先に首筋に口付けられる方が早かった。反射的にびくりと肩を揺らせば宥めるかのように背中をさすられる。そして再び同じ場所に吸い付かれれば今度はピリッとした小さな痛みが走った。
「っあ……!?」
ちぅ、と何度か強く吸われた後にようやく解放されたと思ったら今度は舌先で舐められてまた別の刺激に襲われる。ぞわぞわするような感覚に耐えられず身を捩ろうとするものの、いつの間にか腰に回されていた腕のせいで逃れられない。
(え、もしかして彰人の悩みってそういうこと…⁉)
もっとこう、才能的な話だと思って、具体的な悩みと感情はわからないけどその苦しみはわかるよ知らない間に苦しめたんだねごめん。と思っていたのに。
何度も繰り返されるうちに段々頭がぼうっとしてきたところでふと我に帰った私は慌てて彰人の肩を押すようにして距離を取ろうとした。しかしそれに気付いた彼は逃さないとばかりに強く抱きしめてくるものだから逆効果になってしまう。
「ゃっ……コラッあきと……!」
制止の声を上げるも聞く耳を持ってくれないようで、寧ろ更に強くなっていく一方だった。
「ん……っう、ぁ……」
ぬるりと生温かいものが肌に触れ、ざらついたそれになぞられていく感触が気持ち悪くて仕方がないはずなのに何故か変な気分になってくる。このままだとまずいと本能で感じ取った私は必死に抵抗を試みるも無駄な足掻きにしかならなかった。
唇が触れ合って、無理やり舌を入れられて。
姉弟なのに。でも彰人が苦しいのは私が原因らしいので。まさか姉を好きになる馬鹿な弟が存在するとは。
何故こうなってしまったのかはわからないけれど、あんなに苦しそうだった彰人がこれで満足するならそれでいいかな。などと考えて口の中で暴れまわる彰人の舌を受け入れた。
結局解放されたのはそれからどれくらい経った頃だろうか。満足したらしい彰人が唇を離すと互いの間に透明な糸が出来上がっていく。それを拭うことさえ忘れたまま私は荒くなった呼吸を整えるべく深呼吸を繰り返していた。
「はー……すげぇ満たされた」
どこか上機嫌な様子で呟く彼に私は何も言えない。あれだけ嫌だと思っていた行為を自ら受け入れてしまったという事実にただ困惑することしか出来なかったからだ。
「なぁ、絵名」
先程までの様子が嘘のように優しい声で名前を呼ばれ、恐る恐る顔を上げれば微笑みながらこちらを見つめている彼と目が合った。
「オレさ、やっぱりお前のこと好きだよ。ずっと前から好きだったんだと思う。でも気付きたくなかったんだよ。認めたら駄目だって思ってたから」
「……」
「だから今まで我慢してたんだと思う。だけどもう無理だ。これ以上抑えたらおかしくなりそうなんだよ」
「……」
「ごめんな。こんな弟で」
そう言って自嘲気味に笑った彰人を見て胸が締め付けられたような気がした。そんな顔をさせたいわけじゃ無かったのに。
私は彰人を抱き寄せて、その頭を優しく撫でる。いつもなら触るなって怒るところだろうけど、今日は何も言わずにされるがままになっていた。
「ごめんね、彰人」
謝ることしか出来ない自分が情けない。でも他に何を言えば良いのか、どうすれば彰人を安心させてあげられるのか、今の私にはわからなかった。