爪先を溶かす 雪解けの春、三月。もう時期新芽が生え揃う穏やかな気候は、大型低気圧の影響か崩れるに崩れザアザアと連日雨が降り続いていた。雨霰、増して雪。雪解けなど、春告など忘れたかの様に積もっていく。橘桔平は、大きな窓からそれをぼうっと眺めていた。
部屋の中から見える漆黒と揺れる牡丹雪。稼働音を鳴らしながらも、外気の低さからちっとも温まらないエアコンの風……。何が特にある訳でもないが、漆黒の闇が不動峰のジャージを思わせた。あの輝かしくも熱いあの日々は、大人になった今になっても忘れることの無い永遠だと橘は思う。
「桔平、寒かけんカーテン」
「千歳帰ってきとったんか、悪か」
さっきまで、確かに一人きりだったのに気配の一つもなく現れた千歳千里に橘は驚きの一つも見せずに言った。長年の付き合い、とも言えるし橘にとっても千歳にとってもこのなんとも言えない距離感こそが日常でもある。
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