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    pinkcaba

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    pinkcaba

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    妊娠失踪キャンセルフロリド 列車の窓から見える風景は、すっかり乗った駅から見えるものと変わっている。
     小さなトランク一つを持ってリドルが向かっているのは、行ったこともない知らない街だ。そこでこれから、お腹の中にいるまだ産まれていない子供と生きていくつもりだ。
     まだそこでどうやって生きていくのかという事は決まっていない。今まで働いた事が無いだけで無く、身重の自分にできる仕事はあるのだろうか。ちゃんとこの子を育てていけるのだろうか。不安は山ほどあったが、この子がいれば大丈夫だ。きっと頑張れる。
     まだ十七歳で学生のリドルのお腹の中にいるのは、恋人との子供だ。そんな恋人に子供ができた事も告げずにリドルが姿を眩ませることにしたのは、子供ができたことを知られたら堕ろせと言われるに決まっているからだ。
     リドルは見慣れない風景を映す窓から、少し膨らみ始めているお腹へと視線を移す。


      ★  ★  


     昼休みになりリドルが向かっているのは食堂ではない。図書室だ。そこで恋人のフロイドと間に合わせをしている。
     彼との出会いは最悪なものであった。入学式で外見をからかって来た彼に憤慨し、リドルは自分よりもずっと大きなフロイドを魔法でひっくり返した。
     それが切っ掛けで、彼に追い回されるようになった。からかうと面白いので追い回しているのだとずっと思っていたのだが、それだけが理由では無い事をリドルが知ったのは、半年ほど前、彼から好きだと告白された時だ。
     好きだからといってからかって良い筈が無い。それに、こんなルール違反ばかりする男など絶対に好きになれない。そんな風に思っているというのに、フロイドから告白をされリドルの顔は真っ赤になっていた。
     フロイドの告白を聞く事によって、リドルは自分もいつの間にかこの何処までも自由で何にも縛られない男の事を好きになっていた事を知った。そして、リドルはフロイドと恋人同士になった。
     今日は何を作ってくれたのだろうか。恋人同士になってから、時折フロイドはお弁当を作って来てくれるようになった。モストロ・ラウンジの厨房で料理を作ることもある彼が作って来てくれる物は、どれも美味しいだけで無くリドルの心を掴むような可愛らしい見た目をしている。
     先日作ってくれたサンドイッチは、パンがクマや星、ハート型にくり抜かれそこからチーズやハムが見えていた。サンドイッチがこんなに可愛い見た目になる事に感動しながらそれを食べた。
     先日食べたサンドイッチを思い出した事によって足取りが早くなっていたリドルが歩調を緩めたのは、よく知っている声が聞こえて来たからだ。
     壁が邪魔をして姿を見る事ができないが、廊下の曲がり角の先で同じ寮長のアズールが誰かと話をしているようだ。また悪巧みでもしているのかもしれない。自然と渋い顔になってしまう。
    「そろそろ卒業後に珊瑚の海でオープンさせるレストランの話しを、本格的に進めていかなければ。モストロ・ラウンジの実績があるとはいっても、所詮は学生のお遊び。レストラン経営はそう容易いものではありません。フロイドにも頑張ってもらわなくては」
    「ええ、フロイドもやる気になっているようですし」
     アズールが話をしているのは、恋人の兄弟であると共にクラスメイトのジェイドのようだ。授業が終わった後そそくさと教室を出て行っていたのは、アズールと待ち合わせをしていたからだったようだ。
     二人の話を聞きリドルは、目の前が真っ暗になってしまう程のショックを受けていた。それは、卒業したあと人間の自分と付き合っているフロイドは、当然陸に残るのだと思っていたからだ。
     アズールと共に故郷である珊瑚の海でレストランをやるという事は、海に帰るということだ。
     そんな事聞いてない。
     フロイドは卒業したら自分と別れるつもりだったのだろうか。
     リドルは気付いた時にはその場から走り出していた。図書室とは全く方向の違う場所にある中庭までやって来たリドルは、林檎の木の側にあるベンチへと座ると怒るとショックから泣き出す。
     ずっと一緒にいようねという言葉は嘘だったのだろうか。海に帰るという事は嘘だったという事だ。
     なんて最悪な男だ。身勝手な男だということをすっかり忘れていた。こんなに好きにさせておいて卒業したら終わりにするつもりだったなんて。
     目が溶けてしまいそうな程泣いていると、そんなリドルの存在に気付かず誰かこちらに話しながらやって来る。
    「男も妊娠できるようになる薬がマジカメで売られてるって話こないだ聞いてさ」
    「お前妊娠したいの?」
    「いや、俺は妊娠したいとか全く思ってねえんだけど。そんなもんあんのかって思っただけで」
    「まあ、男でも妊娠したい奴はいるだろうし、需要はあんじゃねえのか?」
     男でも妊娠できるようになる薬……。こちらにやって来ている二人の話を聞き泣くのを止めてそう思っていると、二人のうちの片方がリドルがベンチで自分たちの方を見ている事に気が付き慌てた様子になる。
     二人のうちの片方は、リドルが寮長をしているハーツラビュルの寮生であった。くだらない話しを大声でしていた事を怒られるとでも思ったのだろう。そんな事ぐらいで怒る筈がない。いや、以前のリドルならばそんな事すらも許せず寮生を叱っていただろう。
     リドルが変わったのは、オーバーブロットをした事だけが原因ではない。自由人なフロイドと付き合うようになった事も大きな理由だ。
     寮生が慌てるのは仕方ないことだという事は分かっていても、そんな態度を取られると傷付いてしまう。しゅんと肩を落としていると、こちらを気にした様子になっている寮生とその友人がリドルの前を通り過ぎて行く。
     再び話を始めた二人の声が聞こえて来なくなると、スマホからメッセージが来た事を知らせるチロンという音が聞こえ来た。
     それを無視しようとしたのだが、チロン、チロンと何度も聞こえて来るので仕方なくスマホを見た事によって、メッセージを送って来たのがフロイドだという事が分かる。待ち合わせ場所にリドルがなかなか来ない事を心配してメッセージを送って来たらしい。
     卒業したら別れるつもりのくせに。ボクとの関係は今だけのくせに。フロイドから送られて来たメッセージに対してそう思ったリドルは、今日は行けないというメッセージだけを送る。
     そんなメッセージをフロイドがすんなり納得する筈がない。その後フロイドから理由を問うメッセージが何度も来たが、全て無視した。そして、教室に戻り授業を受けたリドルは、放課後フロイドに見つからないように気をつけながら寮へと戻った。
     寮長の仕事をしている間はフロイドのことを忘れる事ができたのだが、寮の部屋へと戻り何通もフロイドからメッセージが来ているスマホを見る事によって思い出した。予想通り、フロイドは放課後リドルを探していたらしい。
     約束を破った事に怒るだけでなく、何か怒らせるようなことをしただろうかと彼は不安になっていた。そんなフロイドからのメッセージを見て胸が痛くなったのは、彼の事が好きだからだ。
     しかし、彼が卒業したら自分と別れるつもりだという事を思い出した事により、そんな気持ちが薄れる。絶対に許さない。自分の純情を弄ぶような真似をして。全てが初めてだったんだぞ。
     リドルはキスだけでなくセックスもフロイドと初めてした。フロイドとのセックスは気持ち良いだけでなく幸福感に包まれるようなものであった。幸せな時間を思い出した事により顔を顰めたリドルは、メッセージが来た事を知らせているスマホをベッドに向かって投げた後、ベッドに寝転がり天蓋を見詰める。
     まだスマホからはチロン、チロンという音が聞こえて来たままになっている。ぼんやりとそんな音を聞きながらリドルが思い出したのは、昼間寮生が中庭で友人と話していた内容だ。
     男も妊娠できる薬が本当にマジカメで売られているのだろうか。男性妊娠薬と呼ばれる魔法薬は確かに存在しているが、それは調合が難しく高価なものだと聞いたことがある。そんなものがマジカメなどで本当に売られているのだろうか。
     男性妊娠薬のことを考えているうちに、手帳ケースに入れているスマホから聞こえて来ていた音が途絶える。体を起こし海に打ち捨てられたように落ちているスマホを手に取ったリドルは、思っていた通りメッセージを送って来たのがフロイドだという事を知る。
     しかし、リドルは送られて来たメッセージを開く事は無かった。それは、返事をする気になったのでスマホを手に取ったのでは無いからだ。
     寮生が話していた薬をマジカメで探す。検索フォームにいくつか思い付いた単語を入れて検索する事によって、寮生の言っていたのはこれなのだろうという投稿を見付ける。
     確かに、男も妊娠できると書いてある。しかも、この薬を飲んで男同士で性行為をするだけで妊娠できるらしい。その投稿にリドルが胡散臭さを感じたのは、投稿の文章や写真が軽いノリのものであったからだ。
     それに、書いてある値段は、貴重な薬のものにしては安過ぎる。そんな風に思いながらも、書いてあるURLをクリックして、買い物カゴに薬を入れ住所などを記入して決済を済ませていた。
     何をやってるんだろうか。直ぐに送られて来た注文を受け付けたことを知らせるメールを見て我に返ったのだが、もう決済を済ませてしまったのでキャンセルすることもできない。
     初めてリドルが勢いで買ってしまった物が届いたのは、注文をしてから一週間程度だ。届いた箱だけで無く薬が入っているパッケージも、貴重な薬が入っているとは思えない安っぽいデザインの物であった。
     本当にこれを飲んだら妊娠する事ができる体になるのだろうか。説明書を読んでもまだ疑ったままであったが、リドルはその薬を試してみることにした。
    「今までオレのこと避けてたってのに、急に呼び出してどうしたの?」
     リドルに呼び出され現れたフロイドは、拗ねた様子であった。あれからずっとリドルは、フロイドを避けるだけでなく、マジカメに送られて来る彼からのメッセージも無視していた。
     卒業したら別れるつもりであった事を、許すことにした訳では決してない。それを許すことができるはずが無い。それなのにリドルがフロイドを呼び出したのは、マジカメで購入した男性妊娠薬男を試す為だ。
    「キミの事を避けてた事を謝りたくて。少し悩みがあって、キミのことを避けてしまったんだ。キミにはすまないことをしてしまった」
    「金魚ちゃんが謝ってくれたから、許してあげてもいーけど」
     仕方なく許すことにしたという様子で言っているが、仲直りできた事をフロイドが喜んでいるのだという事は分かっていた。
     思い通りに話が進んでいる事に内心ほくそ笑みながら、リドルはフロイドにしなだれかかる。
    「良かった。キミが許してくれないかもしれないと心配してたんだ。今までのお詫びがしたいから、今晩ボクの部屋に来てくれないかい?」
     顔をあげて熱っぽい瞳でフロイドを見ると、左右の色が違う蜂蜜色の瞳が揺れる。
     端正な顔立ちをしているだけでなく、蠱惑的な色の瞳をフロイドはしている。付き合う前はそんな彼の容姿すらも気に入らないと思っていたのだが、今ではそんな彼の容姿すらも愛おしくなっていた。
     何度もリドルと閨と共にしているフロイドは、それがどんな意味なのかという事が分かったようだ。ごくりと息を飲んだフロイドは、夜モストロ・ラウンジが終わってからリドルの部屋にやって来る事になった。
     別れるのならばフロイドの子供が欲しい。フロイドの子供がいれば寂しくない。男も子供が産める薬の存在を知った時そんな風に思った事も、リドルが薬を試してみる事にした大きな理由だ。いいや、それが行動の一番の原動力と言って良いだろう。
     その日の晩、寮の部屋で購入した薬を用意して待っていると、フロイドがやって来た。フロイドに気づかれぬように薬を飲んだリドルは、いつもは絶対に避妊具をつけさせるというのに無しでする事をねだるだけでなく、中に出す事をねだった。
     いつもは絶対にさせてくれない事をリドルがねだった事に戸惑っていたフロイドだが、欲望には勝てずリドルに直接自分の物を入れ中で出した。
     ボクはなんて馬鹿なことをしたんだろうか。リドルが自分の行動を後悔したのは、何度もフロイドに中で出された後だ。
     学生の身で更に男でありながら妊娠などしたら、お母様を怒らせてしまうことになるのは間違いない。それで済めばいい。そんな馬鹿な真似をするなんて自分の息子ではないと、彼女に見限られてしまう可能性すらある。こんな馬鹿な真似をした自分を、お母様が受け入れてくれるとは思えない。
     それに、学生の身で子供を一人で育てるなんて無理だ。
     先に眠ったフロイドの横で青くなっていたリドルの視線が、行為の前に飲んだ薬が入っていた容器で止まる。
     この薬が本物だと決まった訳ではない。本物だったらあんな値段で売っていない。それに、もしも本物だったとしても、一回の行為で妊娠する可能性は低いはずだ。今日の事は忘れてしまうのが一番だ。
     その日、リドルは殆ど朝まで眠れないという体験を初めてした。翌日、寝不足になっているリドルを見て驚いていたフロイドであったが、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
     それから三ヶ月を過ぎた頃には、リドルはフロイドの子供を妊娠しようとしていた事などすっかり忘れていた。しかし、何も言わず卒業したら自分と彼が別れようとしている事には、腹を立てたままになっていた。
     リドルの事を心の底から愛しているように見えるというのに、卒業したら別れるつもりなのだ。そう思うと、腹が立つだけで無く悲しくなる。
     やもやとした気持ちを抱えていた時、リドルの体を異変が襲う。今まで美味しいと感じていた物が美味しく感じなくなり、急に気分が悪くなるようになった。直ぐに治るだろうと思っていたのだが一向に治らず、保険医の勧めもあって街の病院で診てもらうことになった。そして、妊娠している事が発覚した。
    「妊娠していますね」
     医者のその言葉にリドルは頭を殴られるようであった。呆然としたまま学園に戻ったリドルは、これからのことを考えた。
     お母様に妊娠した事を絶対に話せない。話したく無い。しかし、妊娠したことを隠し通せるはずが無い。どうしよう。これからどうしたら良いんだ。
     そう思った時に浮かんだのは、子供の父親であるフロイドの姿だ。しかし、フロイドに相談しようとは思えなかった。卒業した自分と別れるつもりの彼に相談しても、堕ろせと言われてしまう事になるとしか思えなかったからだ。
     そんな言葉聞きたくない。
     まだ学生であるので堕ろすのが一番だということは分かっていたが、そんな事ができる筈が無い。このお腹の中にいるのは生命だ。しかも、自分とフロイドの血を受け継いだ。
     まだ胎動すら感じる事ができないというのに、リドルはすっかり母親になっていた。
     絶対に堕したくないが、自分一人で子供を育てられるとは思えない。どうすれば良いだろう。その事について悩んでいるうちに、少しお腹が膨らみ始めた。
     これ以上この学園にいれば、妊娠している事を周りやフロイドに気づかれてしまうだろう。そう思いリドルは、学園を一人出て行くことを決めた。そして、今日、リドルはトランク一つに入るだけの荷物を持って誰にも言わず学園を出た。


      ★  ★  


     列車が停まり駅に着いた事を知らせるアナウンスが聞こえて来る。聞き慣れないその駅は、リドルが今日から暮らす予定になっている街の駅だ。
     まだ辺りが暗いうちに乗った列車なのだが、降りた駅は明るくなっていた。すっかり朝の空気に包まれた駅に降りたリドルは、目を丸くする。それは、ここに絶対にいる筈の無い人物がいたからだ。
    「鬼ごっこ楽しかったぁ?」
     フロイドは笑っていたが、彼の目は笑っていなかった。彼が怒っているのだという事がその事から分かる。
     何故。何故。まさかリドルが妊娠している事に気付いていたのだろうか。いいや、そんな素振りを彼の前で一度も見せていない。顔を硬らせているリドルの疑問は直ぐに解決する事になる。
    「オレが金魚ちゃんが妊娠してる事に気付いてないと思ってたぁ? 気付かないわけないじゃん。どんだけ金魚ちゃんのこと見てると思ってんの。オレに妊娠してること黙ったまま行方くらまそーとするとか、ふざけんな。オレが逃すわけないじゃん」
     フロイドの台詞は底のない闇を感じさせるものであった。しかし、そんな彼の台詞が全く怖くなかった。ただリドルは、妊娠している事をフロイドが気付いていた事と、黙って姿を消そうとしたことに怒っている事に驚いていた。
    「何でオレに妊娠してること黙ったまま行方をくらまそーとしたの?」
    「それは……」
     もう誤魔化せるような状況ではないだけでなく、自分はとても大きな勘違いをしていたように思いながら、リドルは何故こんな真似をしたのか説明していく。
    「キミが卒業したらボクと別れるつもりだと知ったから」
    「オレ金魚ちゃんと別れるつもりなんてないけど」
     きょとんとしな顔でフロイドが告げた台詞は、リドルを混乱させるようなものだ。
    「だって、キミは卒業したらアズールたちと故郷でレストランをやるんだろ? 海に帰るってことは、人間のボクとは別れるってことじゃないか!」
     ずっと一緒にいるっていったのに、嘘つき! そうフロイドを怒鳴り付けたい気持ちを抑えながらリドルはそう言った。
    「オレが海に帰るって勘違いして、オレの子供を妊娠して一人で育てることにしたんだぁ。違うか。金魚ちゃんのことだから、妊娠した後のことまでは考えてなかったか」
     馬鹿にされているとフロイドの台詞に思うよりも、リドルはフロイドの台詞に動揺していた。
    「勘違い……? だって、確かにアズールがジェイドに話してるのをボクは聞いたんだ」
    「確かに卒業したらアズールとレストランやる事になってるけど、オレは陸に残って陸の仕事をやる予定になってんの。陸で食材探したり、陸のお客様のところ行ったり。珊瑚の海でやるレストランが上手くいったら、陸に二号店をオープンさせる予定になってるしね」
    「キミは陸に残るのかい……!」
    「そう。金魚ちゃんを残して、オレが海に帰るわけないじゃん。帰るんだったとしても、金魚ちゃんを海に連れて行くし。これで、誤解は解けたぁ?」
     フロイドの態度は嘘をついているようには全く見えないものだ。それに、確かにそう言われたらそうだとしか思えないようなものだ。その事からもリドルは、やっと自分が勘違いしていたのだと分かる。
     勘違いをしたうえに馬鹿な真似をしてしまった自分が恥ずかしくなりながら首を縦に振ると、フロイドが側までやってくる。
    「お坊ちゃん育ちの金魚ちゃんが、学校辞めて一人で子供育てられるはずなんかないじゃん」
    「お坊ちゃん育ちなのはキミだってそうだろ! ……確かにキミの言う通りなのかもしれないが、それでもこの子の為なら頑張れると思ったんだ。だって、この子はキミとの子供だから……」
     自然と涙が瞳に溢れて来る。卒業した後別れるつもりであったのではない事だけでく、先程までの話からお腹にいる子供をフロイドが受け入れてくれているのだという事がわかり緊張の糸が切れた。
    「金魚ちゃんのお腹にいるのは、オレの子供でもあるんだから、オレにも頑張らせてよ。オレをその子のパパにしてよ」
    「……うん」
    「まだ寒いし、学校に戻ろうか」
     リドルが手に持っていたトランクを、フロイドが奪うようにして持つ。そんなフロイドに伸ばしかけていた手を、リドルは強く握りしめる。
    「帰れない」
    「何で……?」
    「キミはこの子の事を認めてくれたけど、お母様が子供のことを許してくれるとは思えない。だから……」
    「だから、金魚ちゃんが一人で抱え込む必要はないんだって!」
     そう言ったフロイドの声は、思わず伏せていた顔をあげてしまうほど大きなものだ。駅に偶然居合わせた者たちの視線がこちらに向かっていたが、フロイドは全くそれらを気にする事は無かった。
    「オレも一緒に行くから。頑張って金魚ちゃんのママを説得するか。もしもダメだっても、うちの親は孫を絶対喜んでくれるから大丈夫。だから、安心して」
     胸がスッと軽くなるような笑顔がフロイドの顔には浮かんでいた。
     フロイドと一緒ならば大丈夫かもしれない。お母様に嫌われてしまっても、自分にはフロイドがいる。それに、お腹の子供もいる。だから大丈夫だ。
    「そうだね」
     小さく笑うと、安心した様子になったフロイドがリドルの手を掴む。
    「絶対オレは何があってもこの手を離さないから」
    「当たり前じゃないか。最初にボクの手を掴んだのはキミなんだから、どんな事があってもこの手を離すのは許さないよ」
    「アハッ、いつもの金魚ちゃんに戻ってるじゃん。やっぱり金魚ちゃんはそうじゃないと〜」
     どういう意味だという事を目を釣り上げて聞いていると、ここまで乗って来た列車と反対側へと向かう列車がやって来る。それに慌てるようにしてリドルはフロイドと乗り込む。
     二人を乗せた列車が学園の最寄り駅に着いたのは、昼過ぎであった。



    「フロイド、こんな所にいたんですか」
     フロイドを探していたジェイドは、魔法薬学の教室で大釜を掻き混ぜているフロイドの元まで行く。
    「何か用~?」
    「卒業をした後に珊瑚の海でオープンさせるレストランのことについて確認しておきたい事がありまして」
    「げぇーそれ後でいい? オレ今これやってるからぁ」
    「急ぎではないので大丈夫ですよ。居残りですか?」
     質問しながらジェイドは、フロイドが掻き混ぜている紫色の煙が出ている釜の中身を覗き込む。
    「違うけど」
    「だったら何を作ってるんですか?」
    「男も妊娠できるようになる薬がマジカメで売られてるって最近話題になってるから、本物作ることにしたの」
    「そうですか」
     男も妊娠できるようになる薬。男性妊娠薬と呼ばれているそれは、簡単に作ることができるものではない。難しい調合が必要になる。それなのにフロイドの言葉をジェイドがあったり納得したのは、兄弟が天才肌であることをよく知っているからだ。
    「あとは人魚の新鮮な生き血〜」
     料理でもしているかのような様子でそう言ったフロイドは、ポケットから取り出したナイフで手首を軽く切る。
     そこから溢れ出した血を釜に入れ呪文をフロイドが唱えると、釜の中が一瞬強く光る。それは、錬成に成功した時の光だ。手に入れる事が大変な材料の一つを自分たちが人魚であるので簡単に手に入れることができるとはいえ、作ることが難しい薬を兄弟は容易く作ってしまったらしい。
     いいや、容易く作ったのではないだろう。努力を努力だと思っていないだけで、フロイドは努力をする男だ。この薬を作り出すために、山のように本を読み研究したのだろう。
     出来上がった薬を楽しそうに鼻歌をうたいながら瓶に詰めているフロイドに、ジェイドはそれをどうするのか聞かなかった。それは、誰に飲ませるつもりなのかという事が分かっていたからだ。
     陸に来てフロイドは直ぐに恋に落ちた。
     飽きっぽいフロイドのことなので、直ぐに飽きるだろうとジェイドだけでなく彼の事をよく知っているアズールも思っていた。そんな風に二人が思っていたのは、好きになったのがフロイドの好みとは全く違うタイプだったからという理由もある。
     しかし、フロイドはリドルに飽きる事はなかった。そして、とうとうリドルと付き合い始めた。
     いいや、付き合っていると思っているのはリドルだけだ。人魚である自分たちには付き合うというのがないので、フロイドはリドルを番だと思っていた。
     人魚は一途だ。番になった相手と死ぬまで一緒にいる。だから、卒業したら珊瑚の海で三人でレストランをやるという話が出た時、陸に残るとフロイドがごねる事をジェイドは既に予想していた。
     最初はフロイドにも珊瑚の海でレストラン経営に携わってもらうつもりでアズールはあったのだが、話し合った結果フロイドには陸に残ってもらい陸の仕事をしてもらうことになった。陸に二号店を出すということは、フロイドが陸に残るとごねてから決まった。
     それから半年ほど経過してから、ジェイドはリドルに呼び出され妊娠報告を受けた。
    「フロイドから聞いているかもしれないが、キミの兄弟の子供を妊娠したんだ」
    「そうだったんですね。おめでとうございます」
     少し太ったようにリドルに対して思っていたが、妊娠していただけであったらしい。男でありながらリドルが妊娠する事になったのは、同意なのか同意ではないのかは分からないが、以前フロイドが作っていた薬を飲んだからなのだろう。
     しかし、リドルは自分が原因で妊娠をしてしまって、フロイドを巻き込んでしまったと思っているようであった。その話を聞いて、何となくジェイドがどういう事なのか察したのは、兄弟の性格だけでなく、リドルに歪んだ愛情を彼が抱いている事をよく知っていたからだ。
     男も妊娠できる体になる薬をフロイドにもられた事にリドルは気付かず、自分のせいで妊娠してしまったと思っているのだろう。
    「子供ができてからフロイドが前に増してボクの世話を焼きたがるんだ」
    「それは良かったですね」
     素直にリドルが受け入れない事が分かっていたので今まではセーブしていただけだという事を、ジェイドは黙っておく事にした。
     本当の事を何でも話せば良いというものではない。世の中には本当のことでも話さなくても良いことや、知らなくて良い事が山のようにある。
     フロイドが本物の男性妊娠薬を作ったこともその一つだ。
    「幸せそうですね、リドルさん」
    「うん。怖いぐらい幸せなんだ。フロイドが頑張って説得してくれたおかげで、お母様に子供を産むことを許してもらえたし」
    「それは良かったですね」
     フロイドとリドルの子供はきっと可愛いだろう。フロイドの兄弟としても、二人の子供が楽しみだ。

     フロイドとリドルの子供が産まれたのは、それから半年ほど経ってからだ。
    End.
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