Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    oue_yakiniku

    @oue_yakiniku

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 47

    oue_yakiniku

    ☆quiet follow

    アンおじの後日談。アンおじと名もなき監視役くんがわちゃわちゃしてる。
    多分蹂躙の数年後のお話。
    蹂躙げんみ✕

    始まりの日にサヨナラを 貧者のように粗末なローブをまとい、艷やかな金の髪を隠すよう、目深にフードを被る。
     ギラギラと輝く紫の目は真っ黒なサングラスの向こうに。権威の象徴でもあった銀の杖は、今日は留守番だ。
     稀代の戦争狂にして、元死刑囚にして、救世の英雄。アンプルーフ・ベル=ツェム・ダグラス。
     アーキケテル聖教国の外れで幽閉生活を送っているはずの彼は今、聖教国の首都、皇都マフリーラにある小さな公園にいた。
     簡素なベンチに座って少し顔を上げれば、遠くに大聖堂が見える。久方ぶりに目にするそれは相変わらず過剰に大きく、そっと目を閉じてみれば、あの場で人々を先導した日々を昨日の事のように思い出すことが出来た。
     在りし日に思いを馳せる彼の隣では、上等な厚手のコートを着込んだ青年が、口いっぱいの苦虫を噛み潰したような表情でアンプルーフを睨んでいる。
    「あまり派手な動きはするなよ」
     硬い言葉でそう告げる青年に、アンプルーフはゆっくりと目を開ける。
    「わーってるって。禁錮刑くらってるはずの元枢機卿が首都なんかにいたら大騒ぎになるもんなぁ」
    「分かっているならいい」
    「あっ、でも……」
     ふぅ、と息を吐いた青年に、アンプルーフはわざとらしく手をパチンと合わせて見せる。にぃ、と口角を吊り上げて、彼は言葉を続けた。
    「ここでうっかり俺が騒ぎ起こしちゃって、俺を外に出したことがバレたら……? 国際社会における聖教国の面目と、それから坊やの将来はぺっちゃんこになっちゃうかも?」
    「貴様……ッ!」
     ニヤニヤと笑うアンプルーフに、青年は勢い良く立ち上がって拳をわななかせる。
     そんな彼を見上げ、サングラスの奥に秘された紫色の瞳が楽しそうに弧を描いた。
    「おいおい、あんまり派手な動きすんなよ」
    「……っ!」
     ギロリとアンプルーフを睨みつけ、青年は再びベンチに座る。苛立ちと嫌悪の混ざった視線を受けたアンプルーフは「冗談なのに」と笑いながら肩をすくめた。
     幸いにして公園に彼ら以外の人はおらず、また公園に面した通りも人通りは殆どない。普段であれば公園にも軽食の屋台が出ているだろうに、今日はどの屋台も畳まれたままだ。
     自分と隣の青年――無理を言って自分をここまで連れて来させた監視役だ――しかいない公園をぐるりと見回して、アンプルーフは天を仰いだ。
    「いやー、そうか。『降誕の日』の市街ってのはこんなに静かなもんだったんだな。なんせこの日は毎年、大聖堂で親愛なる国民の皆様にお話してたもんだからさ、知らなかったよ」
    「……」
     隣の青年は何も答えない。ただ黙って、隣の男の挙動を観察しているようだった。
     アンプルーフも青年の返事は期待していないようで、一人で楽しそうに話を続ける。
    「貧者も富者も、聖者も悪人も、この日だけは教会で共に過ごす、か。いい日だよな。お祈りして、賛美歌を歌って、同じ飯食って。ああそうそう、この炊き出しに関しては俺が主導したんだっけか。助祭司になった頃だったかな」
    「……」
    「ま、誰がやったかなんて今更どうでもいいか。年に一度、みーんな雨風凌げる場所で温かい飯腹いっぱい食える日があるってのが重要なわけよ。偉大なる神の御慈悲ってヤツ。ついでに同じ釜の飯を食えば、そこに仲間意識も生まれるしな」
     いい案だっただろと問われた青年は、相変わらず苦々しい顔でムッスリと押し黙っている。アンプルーフも一人で喋るのに飽いたのか、口を閉じてぼんやりと大聖堂に視線を向けた。
    「……」
    「……」
     大聖堂だけではない、各地の教会に集まった人々は、今日一日だけは厳しい寒さと飢えに脅かされることのない安息の日を送っているのだろう。
     今日その恩恵を受けていないのは、もしかしたらこの公園にいる彼らだけなのかもしれない。
     ヒュウ、と北風が公園の木々を揺らし、二人の間を吹き抜けていく。
    「……貴様の、」
     どのくらいそうしていただろうか。冷たい沈黙を砕いたのは、青年の方だった。
    「うん?」
    「貴様のことなど、僕は大嫌いだ。大戦のことも父のことも、絶対に許せない。だけど……」
     青年が口ごもる。視線がウロウロと中を泳ぎ、やがてためらいがちにアンプルーフの方へと向けられる。
    「だけど……この日に家族や知らない人々と過ごす時間は、嫌いじゃなかった。貴様にとっては政治的パフォーマンスに過ぎなかったかもしれないが」
    「――ははっ」
     青年の返事を聞いたアンプルーフが笑い声を上げる。
     それはよく聞く悪意やからかいに満ちたものではなく、純粋な喜びに満ちたそれだった。
    「そりゃあどうも、坊や。そう思ってたんだったら嬉しいねぇ」
    「……ッ、『坊や』はやめろ!」
    「えぇ~? そうは言っても、昔の同僚の息子さんだしなぁ」
    「だから――」
     純粋な笑顔はほんの一瞬のこと。すぐにいつもの皮肉と悪意に満ちた笑みに変わった彼を見て、青年は再び拳を握って立ち上がる。
     だが、彼の抗議はどこかから聞こえてきた音楽に遮られた。
     冷たい風にのって、人々の歌声が聞こえてくる。大聖堂に集った人々が、賛美歌を歌い始めたのだろう。

    「――"主よ 我らの寄す処たる大いなる神よ"」

     そしてその旋律は、青年の隣からも紡がれ始めた。
     隣りにいた男の、目深に被っていたフードが風に煽られてバサリとめくれ上がる。
     顕になった艶やかな金の髪が、冬の弱い光を受けて柔らかく輝いた。
     
    「"どうか我らをお導きください"
     "御身の愛は深く 我らを救い給う
     "枯れた大地も 吹き付ける風も、
      御身と共にあれば 我らは超えてゆける"」
     
     低く柔らかい歌声が、冷たい冬の空気を揺らしていく。
     その歌声を、青年は知っていた。それはあの大聖堂で幾度も聞いてきた声だ。
     時に人々の心を慰め、揺さぶり、鼓舞してきたその声は、数年間の幽閉生活にあっても微塵も衰えてはいなかった。
     青年の瞼の奥に、この国の指導者として政を采配していたアンプルーフの姿が蘇ってくる。
     それは忌まわしき犯罪者であり、稀代の政治家であり、そして憎むべき父の敵の姿に他ならない。
    (――だというのに、どうして……)
     アンプルーフの歌を聞きながら、青年は思わず息を呑んだ。
     認めてはならない。この男のすることなど、何一つ認めてはならない。
     そう強く自分に言い聞かせなくてはならないほど、青年は自身がかの歌声に聞き惚れているという事実に、気が付かされてしまっていた。

    「――"主よ、どうか永久の愛をお与えください"」

     朗々と賛美歌を歌い上げたアンプルーフは、満足そうに息を吐いて青年を振り返る。
    「なかなか上手いもんだろ? こう見えてガキの頃は聖歌隊もやってたんだぜ」
     何十年も前だけど、と得意げに笑うその姿に、青年ははっと我に返る。
     直前まで握っていた拳はいつの間にか緩み、浅くなっていた呼吸がもとに戻る。
    「……っ、目立つことをするなと言っただろう」
     やっとのことでそうとだけ絞り出した青年は、めくれ上がったフードをアンプルーフの頭に乱暴に被せた。
    「あいてて……ったく乱暴だなぁ。囚人への正当性なき暴力は許されないって決まりあっただろ」
    「黙れ。もう十分だろう、戻るぞ」
    「はいは~い」
     ムスリと不機嫌な顔のまま、青年は半ば引きずるようにして口の達者な囚人を連れて行く。
     そうして車に乗る直前、ふとアンプルーフは大聖堂を振り返った。
     かつての居場所だったそこに足を踏み入れることは、もう生涯叶わないだろう。
     遠くからこの目に映すことですら、きっとこれが最後だ。

    ――だからこそ、どうしても自分はこの日、この場所にいなくてはならなかったのだ。

     信仰心など、遠い昔に捨ててしまった。けれど、『信仰』という仕組み自体は、ずっと活用させてもらってきた。いわばビジネスパートナーのようなものだ。
     であればこそ、国民が神の下へと集うこの日に、皇都へ、神へ、別れを告げたかった。
     政治の道具としてきたものを人々へ返す。そうしてきたことも、今こうしたことも、誰一人知ることがなかったとしても。
     それが、アンプルーフ・ベル=ツェム・ダグラスという、一人の政治家としてのけじめだった。
     もっとも、そのために若い監視役には無茶をさせたが、それは押し負けた彼の責任でもあるだろう。

    「――じゃあな、神様」

     扉が閉まる。
     低いエンジン音が響き、窓の外の景色が流れていく。
     二度と訪れることのないであろうその街を、紫の瞳は静かに見つめていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏👏👏👏👏👏👏👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator