金色に輝くライラック〜final story〜 卒業証書を手に天満が交番に現れたのは数日前のこと。警官三人に祝われて嬉しそうにあどけない笑みを浮かべていた相手は、今隣で機嫌良さそうに夕飯を食べている。
「やっぱ実弘ちゃんの手料理は美味えわ」
「鍋の素だけどなァ」
にこにこと土鍋をつついている天満は、今や世界に誇る日本のトップアスリート。今後の活躍に期待されているプロだ。数年前、突然目の前に現れてプロポーズしてきた不届者がこんなに大物になるなんて、一体誰が想像できただろう。会見を開けば暴れるし、ちゃらちゃらと遊んでいるように見えるけれど、彼ほどストイックな人間を実弘は他に知らない。
食べ終わって食器を洗っていると、何か言いたげに背後をうろつく天満に、「なに」と苦笑する。実弘よりも大きな図体をしているくせに、まるで大型犬のようだ。
「早くくっつきたいんですけどぉ」
「もう終わるから」
以前、料理の最中に抱きついてきたので叱ったことがある。それ以降は実弘が台所に立っている時は触ってこないようになったが、『一生懸命我慢しています』と書いている顔は可愛いと思う。見えない尻尾がぶんぶんと揺れている気がして、蛇口を締めた。
「ほら、おいで」
「何それぇ、俺が甘えてるみたいじゃん」
「甘えてるだろ」
良しの合図と同時に抱きついてきたくせに何を言うのかと笑うと、手を引かれてリビングに連れ戻された。
「はあー、実弘ちゃんちで実弘ちゃん抱きしめてる時が一番落ち着く」
「そうかァ?お前んちの方が広いじゃん」
ぎゅうぎゅう抱きしめてくる頭を撫でると、むうっと口を尖らせた天満が上目使いで睨んできた。
「ちげえの。もー、実弘ちゃんってそういうとこ鈍いよな」
「はァー?」
ぶうぶう文句を言う意味がわからず首を傾げる。
「……俺の家、あんまり来てくれないじゃん」
やっと言ったと思えばそんなことで、実弘はもう一度「はァ?」と声を出した。
「それはお前があんまり家にいねえからだろォ?それに暇があればここに来るじゃねえか」
「もぉー!実弘ちゃんはさ、俺のマンションがなんで交番の近くなのかなとか考えたことねえのっ!」
「え?」
言われてみれば、方向こそ違えど実弥の家よりも天満のマンションの方が、距離的には実弘の職場である交番に近い。正直あまり考えたことがなくて、きょとんと首を傾げた。
「もっと入り浸ってもらう予定だったのに……本当はこっちの方面が良かったけど、物件なくてさあ。逆方向だけどせっかく近いのに」
不服そうに不貞腐れる天満の想いを今更知って、実弘はふふっとふき出してしまった。
「あっ!笑った!」
「いや、だって、あそこに引っ越してから何年経ってるんだァ」
「気付いてくれなかっただけじゃん!」
これからは来てよね、と言いながら抱きつき直してくる天満の頭をぽんぽんと撫でる。わざとらしいくらいあざとい表情も、天満なら可愛いものだ。よく手入れされたさらさらの髪を撫でていると、「なあ、実弘」と呼ばれた。
「何?」
「大事な話があるんだけど……」
おずおずと見上げてきた視線に頷く。天満が卒業してからとお預けにしていたことはたくさんある。その最たるがセックスだろう。実弘も、今夜はそのつもりでいた。きっとその話だろうと、無意識にただずまいを直した。
「えっとさ、この間、誕生日だったろ?」
「へ?」
思っていた内容でなくて肩透かしを喰らった気分だった。大きな瞳をぱちぱちと瞬くが、「でさ」と天満は話を続けている。
「これ、渡したくて」
天満がポケットから出したものは、カードキーだった。
「何これェ」
「俺の部屋の合鍵。実弘が持ってて」
ハッとして顔を上げると、世の女性たちを虜にしている男が、耳まで顔を真っ赤にして見つめてきていた。
「ゆくゆくは、一緒に暮らしたいって思ってる」
真っ直ぐな眼差しに胸が鳴る。おずおずと受け取ると、筆舌尽くし難い感情が溢れた。
「卒業したら、結婚しようって約束、覚えてる?」
忘れるはずがない。お互いの薬指にはお揃いの指輪がはめられている。それでもただの口約束だったそれが現実になることを実感して、実弘は目元が熱くなるのを感じた。
「ちゃんとプレゼントも用意してるから!その時にプロポ、うわっ」
飛びつくように抱き付くと、不意のことに天満の身体が傾いた。太い首に腕を回して、ぎゅうと力を込める。今度は実弘が撫でられる番で、ゆっくり頭を撫でられた。
「……嬉しい」
「良かったぁ、外したらどうしようかと思」
安堵の息を吐く天満に口付ける。こんなにも幸せになる恋を、実弘は初めて知った。天満と一緒にいると、毎日『幸せ』が降り注ぐのだ。満たされる日々が嬉しくて、愛しくて、苦しいくらいに胸が高まる。
「天満」
「ん?」
「愛してる」
すり、と頬を寄せると、「俺も」と腕に力を込められ、もう一度キスを交わした。舌を絡めて、離す頃には実弘の方が我慢ができなくなってしまった。
「……なあ天満。まだあるだろ、他に」
「へ」
天満の柔らかい頬を撫でて、ちゅっと触れるだけのキスをする。おあずけは、今日までだ。
「卒業祝い、受け取れよ」
そのまま押し倒そうとすると、さらに首まで赤くした天満が「ベッド!」と叫ぶものだから、実弘は笑って寝室まで図体の大きい恋人の手を引いた。
改めてプロポーズなんて正直必要ないけれど、天満が形に拘りたいと言うのならそれもまんざらでもないと思う。
数日遅れではあったけれど、実弘の人生の中で忘れられない誕生日祝いになった。これからたくさん喧嘩もするだろうけど、そんな日々も楽しみだと、愛しい人の腕の中で、実弘は幸せを噛み締めた。