黒い塊 彼が降臨したのはけたたましい歓声の中央だった。
『勝者、アポロン!!いやぁ、ポセイドンvsアポロンというなかなか読めないこの対戦カードでしたが、まさかの太陽神の勝利となりました!』
しかし、当の本人であるアポロンは全く状況を理解できていなかった。
「…おじうえ?」
大好きな伯父によく似た黒い塊が目の前に転がっている。焦げと肉の焼けるような臭い。意識の無い間に自分は一体何をしたというのだ。
「伯父上!起きてください!一体何があったんですか!?教えてください!!」
理性が拒絶を続ける中、本能はこれが屍であることを理解し始めていた。駆け寄って手を添えても揺さ振ることはできなかった。
アポロンがいる場所はとあるコロシアムの中央。「人々」はここで神々を戦わせることを娯楽としていた。「人々」はアポロンが泣き喚き始めても特に疑問を覚えなかった。スイッチひとつでコロシアムは神々ごと綺麗に掃除できてしまう便利なものであるからだ。つまり些細なバグなどどうでもいいのである。
スイッチが押され、舞台はベルトコンベアのように動き始めた。口を開いた焼却炉に瓦礫は飲み込まれ、火に包まれて消えていく。思わずアポロンは動かないポセイドンに手を伸ばし、反対側へ逃げようとした。もういっそ肉片の一つでも回収できればいい。掴んだのは右腕のようなもの。ところどころ癒着しており原型がわからない。案の定その右腕は他の部位を連れてきてはくれず、あえなくポセイドンは火の海に消えていった。
こうなれば生き残りたくなる。自分が神であることを忘れて、アポロンは懸命に走った。不格好でも生きたかった。だが、足元を瓦礫が反対向きに走り抜けていく。躓くなという方が無理な話に思えた。懸命に走っていた分、転んだ衝撃は強く、あっという間に焼却炉へ投げ出された。縋るように抱きしめたポセイドンの右腕はホロホロと崩れていった。
「アポロン!」
諦めたと同時に自分を呼ぶ声が聞こえた。迫ってきた黒い影を視界に捉えた。それはアポロンを消えるように連れ去った。
たどり着いた場所は暗い中で沢山の画面が光る部屋。
「ここはオレたちの秘密基地みたいな場所。もう安全だから落ち着け。」
アポロンはもはや過呼吸のような状態だった。
「あー、まあ聞いてくれや。オレはロキ。まあ、はじめましてだな。北欧の方で悪神をやってたよ。」
ロキはアポロンの背を優しく撫でてやる。少しずつアポロンは落ち着きを取り戻した。
「ロキ、ここは一体何なんなんだ?なんで、私は伯父上を殺してしまったんだ…?」
「あー、ここは…なんというかな。まあとりあえず、アンタの伯父様は死んじゃあいないよ。安心しな。」
「ど、どう見ても死んでただろ!?死んでただろ…?」
ロキはうーんと頭を抱えた。
「なんというかなあ、今のアンタはお人形に憑依した状態で、アンタが殺したのはポセイドンっぽい人形なんだ。だからポセイドンとは全く別物。アンタもほんのさっきまではアポロンっぽいお人形だったんだ。でもなんでか本物のアポロンが人形に取り憑いたからオレが回収したんだよ。」
「ごめん、なんにもわからない。」
「だよな。アンタからすれば、いつも通りオリュンポスですやすや寝て、起きたら突然ここだったわけだもんな。オレも最初はそんな感じでさ、すっげぇ怖かった。オーディン兄さんはいないしよ。甥っ子のトールもいねぇ。でも、この部屋の主が拾ってくれたから助かったんだ。そいつの方がオレより詳しいこと知ってるから、帰ってくるのを待っててくれや。」
「…うん。」
不安そうにするアポロンに、ロキは北欧の神話について話した。それにアポロンはオリュンポスの家族の話で応えた。