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    aneniwa

    @aneniwa
    マイハン♀ミドリさんの話しかしません

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    aneniwa

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    ミドリが里クエこなしてた頃の話 成長日記
    また捏造いっぱい ゆるして

     弱ったガーグァが水場の中心で、ぴいぴいと泣き喚く。
     まだ綿毛がちらほら残っている若鳥だ。飛べない翼をバタつかせて必死に呼び鳴きをしているが、親らしき個体を含む成体の群れは、遠くの茂みに蹲って石のように動かない。弱いものの処世術であった。牙を爪を掻い潜り逃げられるもの、脅威から遠ざかり隠れられるものだけが生き残るのだ。
     若鳥の脚は片方折れていた。動けない。岩壁を隔てたすぐ側から聞こえる巨きなものの足音に、びくりと首を伸ばし、凍りついたように固まった。羽毛を膨らませ、体全体で大きく忙しなく息をする。その丸い瞳には、ありありと恐怖が表れている。

     私はその――彼だか彼女だか――の隣で、同じように岩壁の端を凝視していた。
     弾が尽きかけていた。回復薬は先に尽きた。けれどもここまでかなり叩き込んで、かなりの深傷を負わせた筈だ。手負いを野に放つわけにもいかない、何としてでもここで仕留めなければ。何よりも、ここまでコケにされておめおめと帰れるものではない。
     ……見えた。向こうも即座に私に気付く。先程まで散々やり合っていた相手だ、当然だろうとも。威嚇。咆哮。圧力を感じ、血が沸き上がる。残弾を確認する。
     竜がその身体を沈める。飛び掛かりの予備動作だ。横軸をずらそうとして、ふと、縋る気配に引かれ、視線が横に滑った。緑色した丸い瞳がこちらを見ている。もう既に手は翔蟲を放っている。ぐんと糸に引かれ、足は水飛沫を上げながら大回りに弧を描いて滑っていく。日々の鍛錬は、心ここに在らずとも完璧に身体を制御してみせる。羽毛に縁取られた丸い瞳が私を追う。その上に影が差す――竜の影が。
     弾き飛ばされる。軽いものだった。竜の巨体からすれば小石も同然。悲鳴をあげることもできないまま、若いガーグァは岩壁に叩きつけられて絶命した。



    「今日はご馳走なのよ。ガーグァの串焼き!教官も食べる?」

     戸口をくぐった途端に、弾んだ声が掛かる。弱った時ほど機嫌良く振る舞う可愛い馬鹿弟子は、その楽しげな態度とは裏腹に俺と目を合わせようとしない。下手を打った自覚があるのだろう。自覚があるからといって、怒られないわけではないが。

    「愛弟子。また無茶したね」
    「勝ったわよ」
    「そこまで苦戦しておいて、何かなその顔は。誇れる勝利じゃない。そうだろう」
    「……」

     獲物を無闇に苦しめるのは狩人の恥、と彼女に教えたのは師たる俺だった。無茶な突っ込み方をした結果戦闘が長引けば、それだけ相手の苦痛も増すのだ。

    「酒は今日はやめておきなさい」
    「……はい」

     炉端に腰を下ろすと、無言で1本差し出される。囲炉裏には既に食べ終わった串が大量にくべられていた。怪我で失った血を取り戻そうとしていたのだろう。手元の小さな薬缶には、匂いからするに薬湯が入っているらしい。近頃は苦い薬にも文句を言わなくなった。

    「それで、何を悔んでいるのかな」

     串焼きを齧りながら切り出すと、愛弟子は口をひん曲げてものすごく嫌そうな顔をした。……仮にも師匠に向ける表情ではない。
     生来誇り高い彼女は、自身の内情に触れられることを嫌っている。それを知っていながら踏み込んできた俺への嫌悪と、動揺を隠しきれなかった自分自身への失望。

    「……」

     それでも、今彼女は語るべきだった。鉄は熱いうちに打たねばならない。
     ハンターには2種類いる。自然の恵みや脅威それそのものと言ってもいい『彼等』に対し、敬意を抱く者と、そうでない者。俺は前者であろうとしてきたし、彼女にも、前者であって欲しいのだ。

    「……」
    「……」
    「……必死になってたから、ガーグァがいるな、としか思ってなくて。私を狙った攻撃に巻き込まれて死んじゃった」
    「うん」
    「脚が折れてたのよ。……どうせ助からないなら撃ってやれば良かったって、終わってから気付いたの。怖がってたから」
    「うん」

     少しずつ言葉を探しながら話し終えた愛弟子は、ふと息をついて俺を見た。憐憫と悔恨が滲み出る瞳の、その色を和らげ誤魔化すように、大仰に肩を竦める。

    「すくみ上がって肉が締まっちゃってるし、血抜きもちゃんと出来なかったわ。臭みが残っちゃった」
    「次はバラした後水に漬けるといい。冷やせるし血抜きも出来るよ」
    「そう。次はそうするわ」
    「……さて。俺はそろそろお暇するよ。君もほどほどにして、報告書を書いたら寝なさい」
    「はあい」

     繰り返し行う狩りの中、巨大な力と敵意に曝される一方で、里に帰れば人々から感謝と敬意を向けられる。そんな生活を続けるうちに、彼女の悪癖――自分を強く見せたがっての見苦しい言動は、少しずつ落ち着いてきた。訓練中は何度言っても『獲物へ敬意を払う』ということの意味を理解し切れないでいたが、この頃はそれも身に付いてきた。不安はあったが、独り立ちさせたのは正解だったのだろう。
     百竜夜行は激しさを増していく。しかし里の皆は彼女を信じ始めている。少しずつではあるが、里のハンターとして認められつつあるのだ。それを彼女自身も理解し、そうであろうと努めている。教職に就く者として、彼女の成長を見守ってきた者として、これほど嬉しいことはない。

    「俺も頑張らなくちゃね」







     私は竜に向き直る。視線と同時に照準が動く。頭。咆哮している。紅い光を見据えて引き金を引く。撃鉄が落ちる。火薬が爆ける。着弾を確認しないまま再度撃つ。飛び掛かる巨体を跳ね飛んで避け、少しの隙に次弾を装填してまだ撃つ。叩きつけられる尾を避ける。振り返り、もう一度撃つ。それを何度も繰り返し繰り返し、やがて硝煙の向こうで大きな黒い肉体が崩れ落ちる。断末魔の残響が鳴り止み、静かに、……静かになる。



     剥ぎ取りと簡単な供養を終えて振り返ると、遠くでガーグァ達がもぞもぞと動き始めていた。脅威が無くなって動けるようになったので、荒れて濁ったこの水場を避けて、上流へ餌を探しに行くのだろう。少しすれば、血の匂いを嗅ぎつけて肉食の獣が寄ってくる。上流ならば鉢合わせることもない。

     先程の若いガーグァの死体はまだ岩壁の下にあった。自己満足でしかないがこれも供養しようと近付き、彼だか彼女だかと目が合って、足が止まる。
     光を失った瞳に、それでもまだ、絶望と諦念が残っていた。私もいつか、同じ表情をするのかもしれない。

     既に絶命している為効果は薄いが、血抜きのために首を落として逆さに吊るす。内臓を抜き、骨を外し、可食部を剥ぎ取ってポーチに仕舞った後、残った部位を蔓で纏めてこれも持ち運ぶ。帰る道々でイズチの縄張りの端に蔓ごと投げ込めば始末は完了だ。そろそろ繁殖期を迎えるから、この贈り物は喜ばれるだろう。この群れは前回の縄張り争いでかなり数を減らしていたはずだ。

     今日は存外に苦戦した。受けた傷は深くはないが、止血が遅れたためにかなりの量の血を失っている。足に喰らったやつは、……これは縫わないといけないかもしれない。治療費と、携行品の補充、防具の修繕費。弾も使い過ぎたのだった。報奨金の半分は確実に持っていかれるだろう。
     いや、……それよりも、何よりも。

    「こんな勝ち方、したくなかったわね……」

     弾痕でボロボロになった竜の遺体を思い出し、ひとりごちる。ソロで訪れた大社跡に聞くものはいない。
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