当たり前の恋人 「月島はいつ私がこの仕事してるって知ったんだ?すぐ私だってわかったのか?」
付き合いはじめて、二人でようやくのんびりした時間がとれたある日。月島の部屋で座椅子に座った月島の足の間に抱き込まれるように座りながらテレビを眺めて。たまたま私が映画の宣伝用に出たバラエティの予告が流れたので聞いてみた。
月島に見つけてもらうために芸能界に入った私だが、無事出会えた今となっては特にこの仕事に執着はないはずだった。しかし綺麗な写真で雑誌に載ったり、テレビに出たりすると、それを見た月島が誉めてくれるし、何より仕事が楽しくなってきてもいるので当面は女優もいいなと思っている。仕事を選ぶほどまだ大物ではないが、月島がいつ頃から私の仕事を見ていて、今後どんな私を見たいと思ってくれるのかを聞いてみたかったのだ。
「そうですね……すぐ、気づきましたよ。あなただって。」
「そうなのか?性別変わってるのに」
「当たり前ですよ。どんな姿でも……そうですね、子供だったとしてもわかったと思うっていうのは奢りすぎですか」
照れたように言う月島が嬉しい。私の腰にまわった手が優しくお腹を撫でるのでうふふ、と笑う。
「で、いつだ?去年の映画?一昨年の連ドラはあんまりいいのじゃなかったけど大人っぽい役で気に入ってるんだ。それとも……」
「あれは男優とのからみがちょっと扇情的でしたね」
「……妬いたか?」
「……言わせますか?」
ぎゅう、と抱き締められる。やきもちやきの男は抱き締めたまま私の耳の横にキスをした。ちゅっと唇が鳴るのが耳のそばで聞こえるとすごくドキドキする。
「ホントに……恋愛ものの時はいつも妬いてますよ。」
「うふふ嬉しい。」
後ろから抱き締めて、そっと服の下に手を滑り込ませてくる。耳の横にされた口づけは少しずつ首に沿って肩に移動していく。
このままされていくことの予感だけで私のお腹の奥が期待できゅっとした。こんなの月島だけだ。どんなラブシーンも、甘い台詞もイケメン俳優も私をときめかせない。
月島だけだ。
「雪が降るなかでのキスシーンがあったでしょう……あれは……悔しかったです。なんで俺じゃないんだって……」
ふふ、あれはまだ16だったから……月島じゃなきゃイヤだったからワガママ言って振りだけで撮ったんだ。………………ん?
「月島、それ私のデビュー映画じゃらせんか?」
「そうですよ」
「……はじめっから知っとったんか?」
「はい……雑誌も全部スクラップしてます。最初の映画の時のポスターもあります。」
「えっ」
「次の大正時代ものは不思議な感じがしましたが……女学生姿が似合っていました。青年将校と恋に落ちるくだりはあなたの方が軍服を着こなせるのになと思いながら見ました。あぁ、あの俳優は衣装に負けてましたね。」
「あの、月島?」
「はい?」
「もしかしてすごく私の仕事チェックしてたのか?」
「そうですね」
当然のことのようにサラリと言う。さっきからちょっと早口になっているのがオタクっぽいぞ月島。
「連ドラは剣のアクションもあってあなたという素材を実に使いこなしていたと思います。あの掛け声が懐かしかった。しかし雨に濡れて服がすこし透けるシーンはとても色っぽくてほかの男には見せたくなかったと思いました。あぁ、あの頃ドラマの宣伝でバラエティにたくさん出ていましたよね。動物クイズ番組のレポーターは似合ってましたし、あなたはとても楽しそうで可愛らしかったですよ。そうですね、あと2年前の写真集はよかったです。別冊の水着もいやらしくなくて。海辺で犬と遊んでいる写真がとてもいい笑顔で」
「月島?!月島??!!」
昔の仕事について月島がこんなに色々見ていたのは予想外だった。なんだか恥ずかしくなってきたぞ。しかもかなり私に対するマニアだと思う。あの写真集の別冊って確か入手困難とか色々言われた覚えがあるぞ。持ってるのか月島……。
「お、お前……私のこと……大好きなんだな……」
「そうですね」
ごくあっさり。またもごくごく当然である様に言われた。
月が綺麗ですね、とか空が青いですね、とか。それくらいの当たり前のことのように。
「ですので」
「うん?」
「こちらを再開しても?」
また首すじにキスをされた。今度はキスだけでなく、舌がつぅっと肩への道を作る。くすぐったい。そしてくすぐったいだけじゃない。
「そうだな」
私もごく、当たり前のように返事をした。
月島が私を好きなのも、私たちが睦みあうのも。
ごくごく当然の事なのだ。