……息が切れる。
どのくらい走ったのだろう。
あたりはすっかり薄暗くなっていて、薄闇に紛れるように、ただ走った。
ガシャガシャと無粋な金属音が、時折荒い呼吸に混じって聞こえてくる。
角を曲がって。
物陰から、追手の気配がないことを確認してから、ようやく息をついた。
細い小路の奥に廃屋を見つけて、ひとまずそこに身を潜める。
「 ……ここまで来れば大丈夫だと思うけど、勘弁だよね、ジーマーで」
そうひとりごちてから、隣にどっかりと座り込む少年を振り返った。
「 大丈夫、千空ちゃん?怪我、しなかった?」
「 あ"ぁ。……逃げる前にテメーが巻きつけた布のおかげでおありがてぇことにな」
そう言って、手錠の嵌った左手を上げる。
がしゃ、と音がして、右手に嵌った手錠が引っ張られた。
そこで、ふと。
何かに気づいたように、千空の手が伸びてくる。手錠の嵌った手首をぐい、と引き寄せて凝視した。
「 ……人のこと心配する前にテメーのことにもちゃんと気ぃ遣え。血ぃ出てんじゃねぇか」
言われて、手首の擦過傷に気づく。きっと逃げている間に手錠で擦れてしまったのだろう。
「 かすり傷だし、大丈夫よ、ジーマーで」
あまりに心配されてしまったものだから、そう応えてへらりと笑みを返した。
すると、また。
今度は丁寧に手を引かれる。
ふいに。
傷の上に、なめらかで生温かい感触があって。視線を向けると、傷の上を這うあかい舌が見えた。
「 せ、せせせせんくちゃ!!!????」
思わず狼狽えてしまって。
そう叫ぶと、べろりと傷を舐め上げられる。
こちらが硬直しているのを確認すると、千空はニヤリとわらって、そのままちろちろと傷をなぞるように手首を舐め続けた。
じわじわとした痛みと、生温かい舌の感触と、時折ふれるくちびると、手首を掴む、荒れた手から伝わる温度で。こんなことをしている場合ではないのに、どきどき。どきどき。
……胸の不協和音が止まらない。
しばらく経って、血が止まったのを確認して。千空は一度、傷口から唇を離した。
それから、もう一度。
手のひらから支えるように、手を取って。
傷口にそっとくちづけると、ポケットチーフを取り出して器用に手首に巻きつける。
……赤いポケットチーフが、先程の血の色を思わせて、ゲンは火照る頬を隠すようにうつむいた。