「 フゥン、貴様が西園寺羽京か!」
白い雪がちらつき始めた、師走のある日。
ザッと土煙を上げて、目の前に立ちはだかったのは、海外モデルも裸足で逃げ出すような完璧なプロポーションと、理知的な、けれど尽きせぬ好奇心をその強い眼差しに宿した長身の美女だった。
……初対面ではあるが、この学校で彼女を知らない者などいない。
七海龍水。
この学園の理事長の孫娘であり、女子高生でありながら自ら設計した帆船で先ごろ世界一周を成し遂げた美丈夫だ。
しかし、そんな彼女に待ち伏せされるには自分はいかにも平凡で。
人より多少耳がいいくらいの特技しかない。
「 ……そうだけど」
探るようにいらえを返すと、龍水は快活そうな口元をにやりと吊り上げた。
「 では!貴様が!三年A組出席番号13番、身長173センチ体重63キロ、先日の健康診断及び合唱コンクールで驚異の聴力が発覚した、西園寺羽京で間違いないな!?」
……細かい。なんだろう。まさに唯一の特技である聴力に着目してくれているようではあるが、理由がさっぱりわからない。
頷くと、龍水はぱあっと表情を輝かせた。
「 ハッハー!そうか。よし!貴様が!ほしい!!!」
バッシィィィン!!!と響き渡るほど指を鳴らして言い放たれた言葉は、あまりの轟音で耳が麻痺してよく聞き取れなかった。
「 え……なに……?」
「 貴様の並外れた聴覚、冷静な判断能力は航海士向きだ。俺の船の乗員として!是非とも欲しい!!!」
……ああ、なるほど。
ようやく得心が行った。彼女は自らの船のために、彼の聴力を欲しているのだ。しかし。
「 過大な評価、ありがたいけど。……ただ耳がいいだけなら、僕でなくても」
「 いや!貴様がいい!」
皆まで言わせず、龍水はそう言い切った。
破天荒ではあるが聡明で才能あふれる彼女にそこまで買われるのは悪い気はしない。
しないが、やはり理由が気になる。
「 なんだ、理由が腑に落ちんという顔だな?ならば教えてやろう!」
思わず、ごくりと息を呑んだ。その様子に、ふっと不敵に笑って。
それからふいに、表情をやわらげた。
「 俺が、貴様に一目惚れしたからだ」
思いがけない言葉と、艶めいたまなざしにどくんと鼓動が波打つ。
……なんだ、これ。
ノイズが多くて……自分の心臓の不協和音がうるさくて、他の音が全く入ってこない。
こんなことは初めてだ。
戸惑う視線の先で、少しはにかんだように。
七海の女王は仁王立ちのまま、勝ち気な笑みを浮かべていた。