……君が旅立つ日は、絶対に笑顔で見送ろうと思っていた。
いつものように、あとのみんなのことは、俺に任せといてよって、そう言うつもりだった。大丈夫。うまくやれる。
そう思っていたのに。
「 えっと、私は別に?不安とか全然ないし?」
見送りの際、震えながら、無理をしているのが見え見えの声でルーナがそう言った。
……うん、そうだね。
「 千空なら難なく戻ってくるでしょ?」
俺もそう思うよ。だから、メンタルケアは俺に任せておいて。
「 〜、安心しろ」
そうだよね。うん、信じてる。
けれど、続いた言葉に心臓を鷲掴みされた。
「 宇宙の死亡率なんざ歴史上でも5%くらいだ」
……死亡率。
そうだ、地上とは勝手の違う宇宙空間で何かあったら。それは即、生命に関わる。
5%は小さくない数字だ。100人いれば5人死んでいる。
ましてや今回は前人未到のミッション。万が一、石化している間に何かあったら。
その気持ちを読んだかのように、スイカがおずおずと口を開いた。
「 そうか。
そうなんだよ。ついにお月様に行けるお祭りみたいだったけど、今までみたくロケット失敗しちゃったら…… 」
砕けてしまったら、復活液でも元に戻せない。いや、万が一、砕けたままの状態で石化復活液に触れてしまったら。生身に戻ったら、待っているのは完全な死だ。
ヒュッと呼吸が詰まる。耳を掠める潮騒のようなざわめきに、何とか場を鎮めなければと理性が囁きかけた。
そう、切り替え大事。そういうの、メンタリストのお仕事でしょ。
そうしないと、千空ちゃんが安心して旅立てない。……大丈夫。笑え。笑え。笑え。
「 大丈夫、大〜〜〜丈夫!ジ〜マ〜で♪」
いつものへらりとした笑顔を表情に貼りつけて、そう切り出す。大丈夫。そう、大丈夫。
いつもみたいにできる。
「 だってみんな石化してロケット乗って行くんでしょ?
も〜〜し打ち上げに失敗しちゃってバラバラになっても、散らばった石片集めてくっつければ復活じゃない♬」
……ああ、何言ってるんだろう。めちゃくちゃだ。めちゃくちゃすぎて、みんなきっと呆れてる。大樹ちゃんですら、目を白黒させている。
「 いや、ムリだろそれは。雑頭の大樹ですら戸惑ってんじゃねぇか」
知ってるよそんなこと。自分でも無茶振りしてるってわかってる。でも、これしか言えないの。
「 大丈夫♪」
もう、半分自分に言い聞かせるみたいに繰り返した。
「 ……大丈夫」
ダメだ。うまく笑えない。こんな顔見せられない。絶対笑って見送るって決めてたのに。
……ああ、でも誰か。誰かお願い。
大丈夫だって、言って。
周囲に沈黙が満ちる。
その静寂を裂くように、よく通る大きな声が響き渡った。
「 失敗などしない!!!」
「 万にひとつそうなった時は、俺が何十年かかろうと石片を集めてみせる。そして杠が必ず組み合わせる」
その言葉に、千空はいつものように皮肉げに笑う。
「 ククク。テメーら地道組ならマジでやりそうだ」
対する二人は、まっすぐに。
真摯な瞳を向けて言い切った。
「 やりそう、じゃあないぞ千空」
「 必ずだ。
必ず、そうする」
繰り返される強い言の葉。
それに千空は、ふっとわらったようだった。
「 …………
あ"ぁ。かもな」
かつて大樹は宝島でバラバラに砕かれた皆の破片を残らずかき集めてきたことがある。
耐えることなら誰にも負けない。ほんの200〜300往復すればいけるだろう。
そう言い放って、それを実行した。
その大樹の言葉は、重い。
彼はやると言ったら本当に実行するだろう。
杠だってそうだ。彼女は粉々に砕かれた石像たちを根気よく組み上げて復活させてきた。
そんな彼らが言うと、本当に何が起きてもなんとかなる気がしてくる。
伏せた視線を僅かに上げると、二人は心得たようにわらった。
「 ……あ"〜、メンタリスト」
不意に手招きされて、おずおずとそのそばまで行く。
「 コレ、ゲン担ぎに借りてく」
そう言って千空が取り出したのは、いつか作ってくれたコーラの瓶。……いつのまに。
今度は自身が目を白黒させる番だ。
「 帰ってきたら、宇宙コーラで乾杯しようぜ」
そんな彼に、ニヤリと笑って。
千空はそんなふうに嘯いた。
「 ……作れる、千空ちゃん?この石の世界で。……宇宙コーラを、一本」
言葉に、柘榴色の双眸が一瞬見開かれて。
くしゃりと笑顔に塗り変わった。
「 ……あ"ぁ、出来る。
俺ならな!」
そこで、たまらなくなって。
二人で顔を見合わせてわらった。
「 いってらっしゃい、千空ちゃん。お土産、楽しみにしてるよ♬」
「 あ"ぁ。……百億パーセント、唆りまくる科学の土産話聞かせてやっから、楽しみにしとけ」
……触れ合うことさえなかったけれど。
今は、その約束でじゅうぶん。
いってらっしゃい、マイダーリン。
……見送りのあと、部屋に戻ると。
ゲンのコーラ瓶はきちんといつもの場所にしまわれていて。
ああ、乾杯しようってそういうコトか。
そう気づいて、ふふっとちいさくわらった。
【終】