私に花を、あなたに歌を「 ……花ぁ?」
「 そう。出来るだけたくさん。ちょっと大掛かりなマジックに使いたくて」
この前、テメーはなんか欲しいもんねぇのかって言ってたでしょ?
そう言われては、無碍にも出来ず。
依頼通り、花を集めることになった。
村の子供たちもはしゃいで、協力を申し出てくれた。
この時期に咲く花と言えば。
パンジー。ビオラ。ポリアンサ。カタバミの仲間のオキザリス。小菊。ゼラニウム。スイートアリッサム。ニオイザクラ。マーガレット。カランコエ。水仙。オステオスペルマム。プリムラ・マラコイデス。沈丁花。花梅。アネモネ。福寿草。
地軸のズレで石化前より気温が下がっているため、どの程度の種類が自生しているかはわからない。とりあえず情報を集めて、めぼしいところを周っていく、いわゆるドイヒー周回作業だ。
三日後までに、出来るだけたくさん。
そう言って花をねだったゲンは、どんな花が欲しいのだろうか。
花ならなんでもいいというわけでもないだろう。たくさん欲しいのは、種類か、数か。
けれど大掛かりなマジックをやりたい、という言葉から、量は必要なのだろう。
そんなことを考えながら、作業の合間を見て花を集めた。
花を集めている間、アイツはどんな色が好きなのだろう。どんな花が似合うだろうか、などと柄にもなく考えてしまって。
どうにも気恥ずかしかった。
そうして、ある程度まとまった量の花が集まった、ある日。
森の木陰で、雪に埋もれるように咲いている一輪の花を見つけた。
すらりと伸びた茎の先に、白いしずく型の花弁が3枚、うつむきがちに咲いている。
よく見ると、花弁だと思った白い部分は花ではなく花萼で。内側にひっそり、緑色の模様の入ったちいさな花弁が隠れていた。
しゃんと、まっすぐに伸びた茎や、一見してその本来の姿を悟らせない強かさが、なんだかゲンを思わせた。
そっとその花を手折ろうとして、手を引っ込める。……どこか、アイツに似た花。
それを軽々しく手折ってはいけない気がして、花から雪を払うと、そのまま踵を返した。
「 千空ちゃん、おっ疲〜♬こんないっぱい集めてくれてありがとう!助かったよ〜♪」
じゃあ、せっかくの花が枯れないうちに。
今夜、マジックショーをやるから、絶対観に来てね?
そう言って、ゲンは含みありげにわらった。
大掛かりなマジックショー、と言っていたが何をする気なのだろう。
そう思いながら、ラボに戻った。
夕食のあと、準備ができたら呼びに行くね。
その言葉どおり、午前零時近くになって、ゲンから声がかかる。
急かされるまま付いていくと、広場に村の連中が集まっていた。
ゲンはその中央の高台まで進んで、気取ったように一礼する。
「 さてさて皆様お立ち会い〜♬今から俺が、ジーマーでゴイスーにバイヤーなマジックをお目にかけちゃうよ♪」
その言葉に、周囲は祭囃子のようにざわめいた。何が起こるのかと期待に目を輝かせながら、ステージ……その高台はゲンが口上を述べた瞬間から彼のステージだった……を見上げる。
「 うん、じゃあみんな、空を見ててね♬」
It's showtime ♪
と、ゲンがウィンクした瞬間。
ゲンの瞳と同じ色の空を、すうっと光の筋が横切った。
……流れ星?
その光を視線でなぞっていると、それを追うように複数の光が尾を引いて流れ始める。
まるでゲンに呼ばれたみたいに。
周囲からはわあっと歓声が上がる。
その声に応えるように、今度は空から無数の花が降り注いだ。
星と花が空を飾って、さながら宝石箱のようだ。
……あ"あ、なるほど。
これは。
「 みんな、楽しんでくれてる〜?……そう、じゃあ、いっせーの!」
掛け声とともに、大勢の声が重なる。
「「「 お誕生日、おめでとう!!!」」」
祝辞とともに、馴染みのある歌声が響いた。
おそらく一番ポピュラーな祝いの歌。
……『ハッピーバースデー』。
「 ……おう、今年も手の込んだ仕込みご苦労さん」
そっけなく応じるが、皆は特に気にする気配もない。今日は一月四日午前零時。
空を飾るのは四分儀座流星群。
ちょうどこの時間から降り始め、ピークは早朝5時ごろになるだろう。
降り注ぐ星に、ゲンはすごいんだよ!と素直に感嘆の声を上げる子供たち。
自然現象まで自分の手柄にするとは、流石ちゃっかりしている。
けれど、それを前もって調べて、周到に準備をして、今年もまた皆で祝ってくれたことは、素直にそう口に出せずともうれしい。
だから。
「 ……ゲン、テメーに見せてぇモンがある」
喧騒が落ち着いてきた頃、そう呼びかけて。
ゲンの手を引いて、森まで来た。
小首を傾げながらも、ゲンはそれに従って付いてきてくれた。
そうして、ゲンの手を引いたまま、件の花のそばまで来た。花は昼にしか開かないのか、今は花を閉じている。
「 ……見せたいものって、これ?」
「 あ"〜……ガラじゃねぇが……その…… 」
いつもに比べて格段に歯切れが悪い千空に、ゲンはふんわりとわらった。
「 ……キレイね」
「 ……テメーに、似てると思ったんだ」
ほとんど同時に発した言葉に、お互い硬直してしまう。顔が熱い。心臓が、ばくばく、ばくばく。うるさいくらいに鳴っている。
首筋をじわり汗が伝って、冷えた感触に身を縮めた。
少しだけ早く我に還ったゲンは、改めてその花を確認して。
軽く目を見開いたあと、はにかんだようにやわらかくわらった。
「 そっか。……千空ちゃんにとって、本当に俺がそうだったらうれしいな♬」
「 ……だったら、じゃねぇ。俺はそう思ったんだよ」
クッソ、柄にもねぇ。と毒づきながら、千空は赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。
「 千空ちゃん、この花の名前を知ってる?」
「 あ"ぁ?」
「 この花はね、待雪草。冬から春先にかけて咲いて、春を告げる花って言われてるの。
……なかなかロマンチックでしょ?」
ロマンチック、という言葉に羞恥心を煽られたのか、耳の縁を赤くして、千空は片手で顔を覆う。相変わらず、こういうシチュエーションは苦手らしいと微笑ましい気持ちになった。……待雪草。春を待つ花。
花言葉は、『逆境の中の希望』。
君にとっての俺が、そうあれますように。
願いを込めて、空を覆う流れ星を見上げた。
【終】