「 ……ゲン君、よくそのお花使ってるね。お気に入り?」
タネの仕込み中にふいに問いかけられて、振り返る。
「 ああ、杠ちゃん。うん、そうお気に入りなの。イヌホオズキの花だよ」
花の名前を聞いて、杠は得心したような顔で笑った。
「 イヌホオズキ!……ゲン君にぴったりだね!」
……イヌホオズキの花言葉は『嘘つき』。たしかにこれ以上、自分にふさわしい花はないだろう。
しかし、詐術の対象ではない相手にまで無邪気に肯定されると、多少複雑な気持ちにはなる。
「 あはは、でっしょ〜?嘘つきの俺にぴったり」
おくびにも出さず笑い飛ばして見せるが、今度は杠が不思議そうに首を傾げた。
「 うーん?ひょっとしてゲン君が知ってるのと私が知ってる花言葉、違うのかも。
イヌホオズキのもうひとつの花言葉はね、『たったひとつの真実』」
……それは初耳だった。
確かに花言葉にはいくつかバリエーションがあるのが通例だが、知る範囲ではイヌホオズキに関しては他の花言葉は併記されていなかった。
しかし、こんな内実のない、ペラペラの男にたったひとつの真実、とは。
「 そうなの⁉︎ でも残念。杠ちゃんたら俺のこと買い被りすぎよ。
俺はポリシーもなあんにもない、ペラッペラな蝙蝠男なんだから」
だから、信頼なんかしない方がいい。期待も、なにも。
まるで予防線を張るかのような言葉にも、杠の表情はゆるがない。
「 今、ゲン君のことそんなふうに思ってる人は、逆に、残念ながら誰もいないと思うよ?」
無邪気に返されて、戸惑う。
杠はもともと彼が裏切り者であったことも、普段の言動も見ているはずなのに、なぜこんなに確信を持ってそんなことを言うのか。
戸惑いを察したのか、杠はまたわらった。
「 ゲン君は嘘をつくけど、それはいつだって自分以外の誰かを助けるためでしょ。……私は、それがゲン君の『たったひとつの真実』なんだと思うな。
千空くんもきっとそうだよ 」
それに、ゲン君は千空くんが大好きだから。
……付け足された言葉に、自分でもびっくりするくらい動揺した。
「 千空くんを好きな人に、悪い人はいないよ」
とどめを刺されて撃沈する。
無垢というのは、時に本当に容赦がない。
「 杠ちゃんにはかなわないなあ 」
赤らんだ顔を袖で隠すようにして、へらりと笑うと、杠はえっへんと胸を張った。
誰かに信頼されるというのは、こんな気持ちだったのか。なんだかくすぐったいような、あたたかいような。
その場所に、そしてそれを与えてくれたひとに……柄にもなく、感謝したくなる。
ふわふわとやわい気持ちに、やはりまだ戸惑いはあるけれど。
こういうのも、案外悪くないね。
そうひとりごちて、彼はあおい空を見上げた。