夢のような日々「 千空ちゃん、おっ早〜!!!起きて起きて!今日はせっかくのお休みなんだから!」
……久しぶりの休日。
雨だというのに、朝からゲンは上機嫌だ。それもそうか。
最近、なかなか予定が合わなくてゆっくり出来なかったから。
いつになくはしゃいでいるゲンに、ふ、と笑みがこぼれた。
「 ……コーヒー、今朝はブラックでいいか?杠からいい豆貰ったからたまにはインスタントじゃねぇやつ」
「 えっ豆から挽いてくれんのごいすー!」
顔を輝かせるゲンに、ククク、と低く笑う。
……おかわいいこった。
「 此間作ったエスプレッソマシンの出力も試してみてぇしな」
「 作ったの!?」
「 おう」
頷くと、コーヒー豆の封を切った。
ふわりと漂う苦味のある芳香が鼻腔をくすぐる。量を測ってミルにセットすると、力の加減と速度が一定になるようにハンドルを回して豆を挽き始めた。
エスプレッソなら挽き目は極細挽きだ。
細かく丁寧に、粉砂糖のような粒度の均一な粒になるように挽く。
最適な挽き目に仕上がったら、用意してあった直火式のエスプレッソマシンの出番だ。エスプレッソマシンの真ん中のくびれをひねって上下に分け、下のタンク部分に水を注いでから金属製のフィルターバスケットにコーヒーの粉を入れてセットする。
再度、上部のパーツを取り付けて、数分火にかけると芳しいコーヒーの香りとともにコーヒーオイルが抽出される。しっかりと厚みのある泡の層がコーヒーの深みを感じさせた。
そこに温めた牛乳とミルクフォーマーで作った泡を注ぐと、カプチーノの完成だ。
「 うわ〜……ゴイスー本格的〜♬」
興味津々に手元を覗き込んでいたゲンにカップを差し出すと、自分のカップを手にソファに戻った。
ガラステーブルには焼きたてのトーストと少し焦げたベーコンとスクランブルエッグ、レタスをちぎっただけのサラダとフルーツソースのかかったヨーグルトが用意されている。
それでも見栄え良く盛り付けてあるのは流石というところだ。
俺だってこれくらい作れるんだからね!と胸を張るゲンに、俺のパートナー、こんなにかわいくていいのかと頭を抱えた。
スクランブルエッグが少しじゃりじゃりしていたが、休みにわざわざ自分と食べるために作ってくれたのだと思うと美味でしかない。
なるほど愛情は一番の調味料とはよく言ったものだ。
「 スクランブルエッグ、テメーのも寄越せよ」
ひょいとフォークで掬い上げてぺろりと平らげてやると、きょとんと目を見開いたあと、ゲンはうれしそうにわらった。
朝食を終えると、後片付けをして。
2人で並んで洗面台の前で歯を磨く。30分ほどかけて丁寧に歯を磨いて、顔を洗って。
サブスクリプションから適当にチョイスした映画をBGMに他愛ない話をしながら、リビングのソファでじゃれていると、あっという間に昼が来た。
「 ねえねえ千空ちゃん!お昼はピザ食べよ!ピザとチキンとコーラ!!!そんで夜は千空ちゃんの作ったラーメンたべたい♬」
カロリー、という言葉が喉まで出かかったが、ひとまず口にチャックをして。
常になくハイテンションなパートナーに頷く。
「 あ"〜、んじゃ何頼む?」
「 えっとね、マルガリータでしょ、ジェノベーゼでしょ、ジャーマンスペシャルにクァトロフォルマッジとスパイシーチキン、シーザーサラダとデザートにジェラート!!!」
流石にいささか食べ過ぎではないかと思うが、これをペロリと食べきってこのスタイルを維持しているのだから、芸能人恐るべし。
万が一残ったら、アルミホイルに包んで冷凍しておけばいつでも食べられる。
「 せんくーひゃん、食べないの〜?」
「 口に入れたまま喋ってると火傷すんぞ」
「 ひゃっ!あっつつつ!!!おみず!お水!」
時折口の中を氷水で冷やしながら、届いた熱々のピザを至福の表情で頬張るゲンを見たら、なんだかそれだけで腹がいっぱいになってしまった。
けれど、ケータリングを頼んでも、コーラはいつも作り置きの千空お手製コーラを飲んでいて、それがどことなくこそばゆい。
空腹が満たされると眠くなったのか、こてんと肩に重みがかかった。
すうすうと安らかな寝息を立てるゲンの顔を覗き込んで、ふっと笑みを刷くと頬にくちづけた。
「 ……ククク、ほっぺたついてんぞ」
言葉とともに、ぱっちりと目を見開いて。
ボン、と音がしそうな勢いで赤面する。
……なんだ、狸寝入りだったのか。
「 ……かわいいヤツ」
思わず、そんな言葉が口からこぼれてしまって、今度はこちらが狼狽してしまった。
ゲンは目を白黒させて、赤くなったりしろくなったりしている。
……柄にもないことを言ってしまった。
そう思いながらも、普段は完璧に自身の感情も表情もコントロール出来る彼が、自分の些細な言葉にこんなにも表情豊かに反応してくれるのが、うれしくて、いとしくて。
ゲンを抱き寄せると、そっとくちびるを重ねた。抱き返してくる温度と、耳を掠めるさざなみのような鼓動がぽう、と胸に灯をともして、あたたかさが広がっていく。
いとしいぬくもりにもう一度くちづけて。
ソファにごろんと横たわった。
今日はふたりでのんびり過ごして。
夜になったら、リクエストどおり、腕を振るってゲンの好きなラーメンを作るとしよう。
それを頬張るゲンの笑顔を想像すると、それだけで日頃の疲れなど吹き飛ぶ気がした。