「 ただ皮に切り込み入れただけなのに、うさぎりんごってゴイスーかわいいよねぇ♬」
小さい頃に百夜がよく作っていたことを思い出して、何気なく作ってみただけだったのに。そう言ったパートナーの、なんとも言えず幸せそうな顔に、不覚にもときめいてしまった。……その日から、家ではりんごの剥き方はうさぎりんごに決まっている。
我ながら単純すぎて、とてもパートナーには聞かせられないけれど。
その日は買い物に出かけた帰り、杠に会って。たくさん買いすぎたからと言ってりんごのお裾分けをもらった。
それにしても色々と買い込んだものだ。色も赤、青、黄、緑、ピンクと様々だ。
まあ用途はいくらでもあるし、これだけカラフルならどんな加工をしても楽しいだろう。
そう思いながらドアを開けると、パタパタと軽やかな、いとしい足音が近づいてきた。
「 ぱぱ!おかえりなさい!」
荷物を脇に置くと、駆け寄ってきたちいさな身体を受け止めて、ひょいと抱き上げる。
「 お?……ちぃっと背が伸びたか?体重も……1.25kgくらい増えてる」
少し前まで羽根のように軽く感じていた身体の、しっかりと存在感を感じる重さがなんだかうれしかった。
「 うん!ぱぱごいすー♬」
いつのまにかすっかりパートナーの口癖が移ってしまっているのが微笑ましい。
降ろしてあたまを撫でてやると、無邪気な笑い声が溢れた。
「 あ!りんごだ!」
脇に置いた荷物に気づいて、声を上げる。
「 ぁ、杠からのお裾分け……たくさんあるからって、わけてくれたんだ」
食うか?と問うと、うん!と元気のいい応えが返された。
「 うさぎさんがいい!」
「 おう、ちぃっと待ってろ」
足元に戯れる我が子をあやしながら、一緒にキッチンに向かう。
キッチンからはあたたかい、コーヒーのいい匂いがした。
「 あ!千空ちゃんおかえり〜♬お迎えに出てくれたんだ、えらいねありがと♪」
交互にこちらの顔を見ながら、ふんわりとした笑顔が迎えてくれる。
ほんのり胸があたたかくなって、出迎えてくれたパートナーの髪をくしゃくしゃと掻き撫でた。
「 おとーさん!ぱぱがうさぎさんつくってくれるって!」
こぼれるような笑顔を向ける我が子のあたまをやさしい手つきでなでて、よかったねぇ、とゲンはわらう。
「 帰ったばっかなのにメンゴね」
「 気にすんな。……晩飯は何食いたい?」
「 今日は久しぶりに、千空ちゃんのラーメンたべたいな♬」
「 おう」
そんなやりとりをしながら、手早くりんごを取り出して洗い、ボウルに塩水を張った。
せっかくの彩りだ。各色を半玉ずつ切って、芯を抜くと慣れた手付きで皮に切り込みを入れていく。仕上がったものからボウルに入れて、塩水に浸した。
余ったりんごはソースとジャム、あとは……アップルパイにでもするか。
頭の中で用途を組み立てて、別の鍋で残りのりんごを煮る。それとともに、キッチンにふわりとあまいにおいが広がっていった。
ジャムはレモンと砂糖を加え、粗熱を取って瓶へ。ソースはボトルへ。アップルパイ用の蜜煮はガラスのタッパーへ。
それぞれ片すと、りんごを皿に見栄えよく並べてやる。ベリーソースをスポイトで垂らして目を描いて完成だ。
「 ほーら、出来たぞ〜」
そう言って差し出されたりんごにふたりは目を輝かせた。赤、緑、黄色、ピンクのうさぎりんご。塩水によく浸したおかげで、ピンと耳が立って、我ながらなかなかの出来映えだ。
「「 ぱぱ、ごいす〜♬」」
声を揃えてそんなことを言われると、柄にもなく頬が緩んでしまう。
……まあいいか。しあわせならそれにこしたことはない。
「 ねぇねぇ、ぱぱ!こんどえんそくがあるの!」
「 ほーん、どこ行くんだ?」
「 しぜんこうえんだよ!それでね…… 」
その先を察して、タブレットを立ち上げる。
「 ……で、どれがいいんだ?」
タブレットの画面に映し出されたのは、さまざまな動物やキャラクターを模したお弁当の数々。せわしなく視線を動かして、しばし考えたあと、これ!と画像を指さした。
「 ん。……じゃああとでカレンダーに花丸つけとけ」
「 はあい♬」
これならそれほど難しくはない。海苔をくり抜く道具をあとで作って、前日までに必要な材料を買い足しておこう。
頭の中で予定を組み立てていると、小腹が膨れて眠くなったのか、ちいさなあくびの声が聞こえた。
「 ん?おねむになっちゃった?……千空ちゃん、俺ちょっとこの子寝かしつけてくるね」
すかさずそう言って、ゲンはこどもを抱き上げると寝室に向かった。
その間に後片付けをして。
ラーメンの仕込みをしながら、ちょいちょいと海苔の型抜きを組み立てていると、ゲンが戻ってきた。
そうして手元を覗き込んで、少し目を見開いたあと、本当にしあわせそうにわらった。
「 千空ちゃんのそういうとこ、ゴイスー好きだよ♬……ううん、愛してる」
直球すぎる言葉に、動揺を隠せない。赤くなる顔をごまかすようにがしがしと髪を掻き上げて、目の前のパートナーを抱きしめた。
「 ……愛してる」
静かに、ひそやかにくちづけを交わして。
お互い顔を見合わせて、ちいさく笑みを交わし合った。
日常の、本当に些細な一幕だけれど、それがたまらなくしあわせなことに、改めて気づいて、その幸福を噛みしめた。
……後日、ネットの画像と寸分違わぬキャラ弁が予想以上に好評を博し、パートナーのSNSを賑わしたのはまた別のお話。