希求「 日頃のお疲れ様会ってコトで、今日は皆んなで回らないお寿司とか行っちゃう?」
あ、もちろん僕の奢りで。
唐突なハイテンションでそう告げた先生に連れられて、二年の皆で食事に行くことになった。着いた先は、今まで足を踏み入れたこともないような……一言で言えば『高級(たか)そうな』店だった。座敷に通されて、おずおずと周囲を見渡しながら席に着いた。
「 そんな固くならなくても、みんな一緒なんだし。リラックスリラックス♪」
そう言って、大きなしろい手がぽんぽん、と背を叩く。
ようやくひと心地付くと、お茶とお澪付けがそれぞれの席に配膳された。
「 今日はそのバカ目隠しの奢りだ。ビビってねぇで破産させてやるつもりでガンガン食え」
「 真希さん……」
容赦のない言葉に曖昧な笑みを返す。いつでもどこでも彼女は揺るがなくて、おかげでまだ少し場違い感に呑まれていた気持ちが落ち着いた。
彼女は言葉通り、品書きに目を通すと、ここからここまで全部、と短く告げて茶を啜り始める。あとのふたりも、それに倣った。
流石に高級料亭では給仕も余計な詮索はしないのか、奥に陣取ったパンダについての言及がなかったことに、変に感心してしまう。
茶碗蒸しをはふはふと口に含むと、やさしい味が口腔を満たした。
続いて運ばれてきた、テーブルいっぱいのお寿司をみんなでペロリと平らげて、個室なのをいいことにごろんと横たわった。
先生と友達と、美味しいものをたくさん食べて、お腹がいっぱいで。
ふわふわとしあわせな気持ちになる。
─── 一人は寂しいよ?
かつてそう言って、手を差し伸べてくれたひとのおかげで、今こうしていられる。
そのことに、感謝しない日などなかった。
本人に言っても、きっと茶化していつものように煙に巻くだけなのだろうけど。
ちらりと視線を投げると、そのひとは上機嫌で食後の甘味を頬張っていて。
あれだけ食べたあとにどこに入るのだろうと思ったが、なんだか普段より幼く見えて、微笑ましかった。
思う存分食べて、騒いで。
会計を済ませたあと、並べられた靴を見て、ふと、その大きさの違いが目につく。
それがそのまま、呪術師として歩いてきた道のりの違いのように思えてきて。
大きいなあ、とちいさくひとりごちた。
歩んできた道。抱えてきたもの。
きっとその差は一生かけても埋まるものではないのだろうけど。
道を示してくれたそのひとに、居場所をくれたみんなに。少しずつでも追いついて、何かを返したい。
だから、強くなりたい。
そう思った。
それからは、ひたすら研鑽の日々。
里香を解呪したことで、一旦特級から四級へと降格となり、特級に復帰するまでの間、繰り返し体術から呪具の扱い、呪力のコントロールを始めとする様々なことを学んだ。
……そうして、再び特級と刻印された学生証を受け取った時、ふとあの百鬼夜行の日のことを思い出した。
呪霊による児童失踪事件を調査すべく向かった小学校で、いつのまにか紛失していた学生証。それを手渡してくれた際、五条が口にした言葉。
『 いや、僕じゃない。
僕の親友だよ。たった一人のね』
あまりに何気なく言われたものだから、その時は気に留めなかった。ふうん、と思った程度だった。……親友、という存在にこれまで縁がなかったから、うまく想像がつかなかったのかもしれない。
それからだいぶ経って、それが誰を指す言葉なのかを知った。
そしてその亡骸を利用し、暗躍する羂索という存在を。
たった一人の、親友。
友人であり仲間であるクラスメイトたちでさえ、これほどまで大切なのに。
彼にとってその価値はいかほどか、想像することさえできなかった。
けれど、呪術高専でいわゆる一強である五条は、獄門疆から解放されるや、必ず羂索との対決を余儀なくされるだろう。
……そんなことはさせられない。
先生に、二度も親友を殺させない。
可哀想とか辛いだろうとか、先生を救いたいなんてそんな綺麗で傲慢な理由ではなくて、ただシンプルに。
「 ……僕が嫌なんだ」
同情でもなんでもなく、これは僕のエゴ。
だから。
敵の首魁、羂索は僕が殺す。
そう決意して、一歩踏み出した。
その気持ちの所以は、今はまだわからない。
けれど。
全てが終わって帰ってきたら、あの日のように。
……今度は、僕があなたに『おかえり』を言いますね。