週末旅行「よくそんな運転で免許が取れましたね」
「車の運転免許のことを言ってます?そんなの持ってるわけ無いじゃないですか」
「はぁ?!」
「あ、そこの信号が黄色なんで飛ばしますね」
そう言ってモイライは力まかせにアクセルを踏み込んだ。車の速度メーターはぐんぐんと回り、限界に近づこうとしている。しかし、無情にも信号はあと一歩というところで赤に変わった。それでも車は減速する様子はない。
「もう、信号赤になりますよ」
「反対側が青になるまではもう少しあるはずです」
「危ないですよ?」
「ところで、今、何時です?」
「十時十三分です」
反対側の信号が青になると同時に車は交差点に飛び込んだ。左右から抗議や注意喚起のクラクションが鳴る。
「このペースだと海に着く頃には夜になってしまいますね」
モイライはクラクションを気にしていない。
「流石に信号くらいは守ったらどうですか?こんな運転じゃいつ死んでもおかしくないですよ」
「さっきからうるさいですね。そんなに無免許運転が嫌いですか?どうせ指令で死ぬと決まっているようなものですし、誤差みたいなものですよ」
「話を変えますけど、どうやってこの車を手に入れたんですか?」
「それはですね……近くにいた人にちょっとお願いしただけですよ」
「はぁ……」
遡ること三時間前、ヤンは車上荒らしの真似事をしていた。何故なら、指令から『今日、ニ番目に会った人と一緒に車で海へ行くこと。』と言われていたからである。車を購入する資金も、車を借りるために必要な運転免許証も持っていなかったヤンは、仕方なく他人の車を盗むことにした。
「おい!!待て!!そこの人差し指!!」
ヤンは車の窓ガラスを叩き割り、それが車の持ち主に見つかって逃げている。相手はおそらく一般人で、逃げることも倒すことも難しくはない。痛めつけるのは流石に良心が痛むという理由でヤンは走って逃げていた。そんなときである。
「ヤン!」
追手とヤンのちょうど中間に車が突っ込んできた。甲高い悲鳴のようなブレーキが耳に刺さる。車の急ブレーキは間に合わなかったようでヤンを少し通り過ぎたあたりでなんとか止まった。見れば、車の運転手はモイライだ。
「指令なので、貴様は黙って乗ってください。抵抗したら轢きますよ」
「はぁ……」
車が既に擦り傷だらけという事実には気づかないふりをしてヤンは車に乗った。
「そろそろお昼ご飯を食べませんか?」
午後ニ時過ぎ、痺れを切らしたかのようにヤンは言った。
「そういえば、そんな時間ですね。何か食べます?最後の晩餐になるかもしれないですし、少し良いものとか」
相変わらず、信号が青に変わる直前から思い切りアクセルを踏み込んでいるせいで、運転の不愉快指数は高い。モイライの運転の急発進には少し慣れてきたと思ったが、ヤンも流石に疲れてきた。
「……ハムハムパンパンとか?」
「いいですね!どんなメニューがありましたっけ?」
「普段行かないので、わからないです。というかこの辺にあるんですか、ハムハムパンパン」
「さぁ、多分あるんじゃないんですか?その地図に載ってません?」
「この地図は古くて調べられそうにないです。ロボトミーができた当時の頃のものなので。道路はほとんど変わってないので大丈夫です。まぁ通れないところもありますけど」
「なんでそんなに古い地図を使ってるんです?新しいの買いましょうよ」
「手持ちのお金足りますかね。この先の区のものも買わなくちゃいけないんですよ?」
「足りなかったらそのときはそのときですよ」
数十分後、奇跡的にハムハムパンパンが見つかったので、立ち寄りつつ、近辺で必要なものをいくらか購入して、車に戻った。昼食をとってから、ヤンは進入許可証にその他身分証の写真を貼り替えていた。
「貴様は器用ですねぇ。本当に」
「気が散るのでやめてください。写真がずれたら全部台無しなんですよ」
「写真を貼り替えるだけで上手くいくんだったら、今頃不法侵入だらけですよ」
「うるさいですね!僕もちゃんとしたものを用意できるならそうしてますよ!」
「まぁまぁ、そう怒らずに。まだお腹が空いてるんですか?成長期ですね」
「…………」
すっかり日も暮れて、暗い路地を走り抜ける。二人の間には会話というものはほとんどない。
「あ、海まであと五キロらしいですよ」
「地図で見るよりも遠かったですね」
「貴様が検問で剣に手をかけていなければもっと早く終わったと思いますよ」
「本当に上手くいくとは思わなかったので、いざとなれば倒そうと考えていたので……」
「そうですか。それでこれからどうします?」
「どうするって……。指令通り、心中を実行しなくてはいけないんですよね?」
「そうですね。私の指令にはそう書いてあるように見えますね」
「残りの手持ちのお金だと、せいぜいお酒くらいしか買えないですね」
「飲酒運転になりますよ?」
「別にいいですよ。今更気にしなくても」
黒く湿った砂浜に一台の車が停まっている。中の二人は静かな乾杯をする。そして缶を空にすれば、ゆっくりと海へ進んでゆく。足首が海水に浸っても怯えることはない。車のエンジンが止まる前に、出来るだけ深い海にたどり着けるように。
『他人に心中を持ちかけて、実行すること』