あらぬ噂まとめある朝、目覚めて鏡を見ると、昔に行方不明になった親友そっくりだった。どうやら施術の経過は良好らしい。残っていた写真が古いものだったからどの程度うまくいくか心配だったが、杞憂だった。戸籍も家も新しく用意したし見た目も完璧。これからの新生活が楽しみである。
裏路地の人間があんなに金に執着を持つ理由はわからなくもないよ。でも、僕は今でこそ裏路地暮らしだけど巣の出身だからね。あれ、言ってなかったっけ。
まぁいいや、とにかく大事なのは余裕を持つことなんだ。君はお金よりも自分自身をもっと大事にするべきなんだ。そう、だから体を売って全身義体になるのはいい考えじゃないと思うよ。どうしてもというのなら仕方ないと思うけど。
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久しぶりだね、親友。新しい体はどうだい。快適?それは良かった。僕のも最高だよ。最近新しい工房を見つけたんだ。働いてる人が少ないけど製品の質は良さげで、狙い目のやつがあるんだ。
自分で働いて何かを作るなんて馬鹿馬鹿しい限りだよ。翼で働いてた頃の自分にも教えてやりたいくらいだね。世の中には自分よりも作るのがうまいやつがいるんだから有効活用しないと。
バレンタイン。それは人々が自身のつながりを確かめたりする日である。始まりはどこかの企業戦略だったような気もするが、とにかく現時点ではそういう日になっている。
友人に少しいいチョコをプレゼントした帰り道、寒さに耐えきれずかじかんだ手をポケットに入れようとしてポケットに入っているチョコと思しき小さな箱に気がついた。真っ赤なリボンに真っ黒な箱。誰かの悪戯かそれともこっそり私にあげたい人がいたのか。どちらかはわからないが、そんな怪しいものを放っておくのも嫌である。
とりあえず、箱に耳を付けて機械のような音がしないことを確認して、持ち帰ることにした。多分直ちに死ぬようなものではないだろう。そう思って箱をしまおうとして裏側に紙切れが張り付いているのに気がついた。
「このチョコレートを吐き出さずに完食すること」
紙切れの宛先は私の名前で、丁寧にも人差し指のマークが付いている。本物の指令は初めて見たが、多分偽物ではないだろう。慌てて周囲を見回しても人差し指の人間らしき影はない。
私は箱を捨てて走り出した。
なんで契約書にサインなんて古典的なものが必要なんだろうねぇ。今時、生体認証とか高度認証チップがあるのに、なんで偽造のしやすいサインを未だに多くの会社が採用しているのは不思議な気もするね。ま、多分、サインひとつでも十分だからね。こうして君の居場所はわかったわけだし。
図書館が外郭に放逐されて半年。10年前にロボトミーに入社したきり、音沙汰のなかった友人から手紙が来た。外郭でも元気にしてます。誕生日おめでとう。とか色々と長く書いてある。そしてもう一枚の黒い便箋には招待状と書いてあった。
こんな噂がある。ある人物からの手紙を貰った人はみんな死んでしまうらしい。その「ある人物」は誰かはわからないが、Rというイニシャルのようなものが死んだ人が貰った手紙に共通して書いてあったらしい。花の香りがするとか、人の体の一部が入ってるとか……。まぁ、ただの噂だけどね。
「ねぇ知ってる?時刻表に書いてないバスには乗っちゃいけないんだって」
バスに乗ってから異様にテンションの高くなった彼女は興奮気味に話す。
「どっかの怪しい施設の労働者たちが使ってるバスも普通のバス停に止まるんだ」
「まさか本当に存在するなんてね!これから楽しみだなぁ」
人間の半分は猫になりたいんです。と案内役は言った。どこからどう見ても普通の猫カフェだが、ここに在籍する猫は皆元人間らしい。猫になりたい人間を集めては特殊な手法で猫にするとか……。
なるほど、会社の規模の割に登録されている従業員数が多いわけだ。
海へ行く。薄暗い街を抜けて、海へ行く。真っ黒な夜の海は恐ろしくて誰も近寄らない。もぞもぞと隣の麻袋は助けを求める。念には念をいれて袋の口を二重に縛る。そもそも、こいつが単独で契約書に不備があるなんて言ってくる方が悪いんだ。暗闇でボートを漕ぎながら、一人で麻袋に悪態をつくのはなかなかに滑稽だ。だんだん、ボートを漕ぐ手が疲れてきた。あと少し頑張ろう。
「新鮮な恋を味わえる期間は短いの」
あの子はそう言ってどこかに消えてしまった。それから一週間後、あの子は一輪の黄色のチューリップになって帰ってきた。一体どうしてあの子だとわかるのだと言われそうだが、これは間違いなくあの子なのだ。二十年経った今も変わらずあの子は美しいまま。
その場所に見合わないくらい身なりが妙に小綺麗なやつには気をつけろ。そいつは大抵、詐欺や盗みを働いているはずだ。これは昔の友人がよく言っていた言葉だ。それに例外はない。ようやく気がついた。一昨日初めて会った少女は裏路地に似合わない上等な服を着て笑っている。
「おかえり、パパ」
君は「映画館」って知ってる?違う違う、そこら辺にある普通の映画館じゃなくて。最近この近くにできた映画館だよ。いつも行列ができてる肉屋の隣にある小道の突き当たりにあるんだよ。僕は行ったことないけど……。特殊な技術を使って思い出を「映画」にできるらしいよ。僕の友達は14区出身なんだけど、小さい頃の映像が欲しかったからお願いして「映画」を作ってもらったらしいよ。そしたら、次の日はもう大変で、職場にタブーハンターが来て、その友達、行方不明になっちゃったんだって。で、君も14区出身だよね昔の住所を調べたから知ってるんだ。その僕の友達の友達だったってことも。覚えてない?9歳のとき、君たちのひみつきちに悪い大人たちが入ってきたときのこと。
「いらっしゃいませ、依頼人様。本日はどのようなご用件でいらしましたか?」
「ここの事務所が合意殺人依頼を受けてくれると聞きました」
「もちろんでございます。日時や方法、相手まで選ぶことが可能です。料金はその分高くなりますが、きっとご満足いただけるでしょう」
「僕の恋人なども相手に選べたりするのですか?」
「はい。しかし、前払いとして事前調査費を支払わなければお見積も契約もできません」
「この、オプションっていうのはなんですか?」
「こちらは依頼人様が持ち込んだ武器や道具等を使用したり、指定の場所などで決行することができます。また、時刻を裏路地の夜に指定することもできますが、別途追加料金が発生しますのでご注意ください」
「では、この遺体回収割引というのは?」
「依頼人様のご遺体をこちらで回収し、有効活用する条件にご理解いただけるようならば、この割引の適用範囲になります」
「ありがとうございます。少しお時間をいただけますか?」
「では、依頼を承ります。依頼のキャンセルは一切受け付けていませんのでご了承くださいませ」