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    pk_risu

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    お花に寄生された死にかけスグのハルスグ
    リハビリ故に書きたいところだけです
    ※痛いとか苦しいスグ大丈夫な人向け

    花咲きおしゅぐ二人で自然の中を歩くのが好きだった。
    ハルトの住むコサジからはいつだって海が臨めたし、母は野菜や花を育てていたので家はいつでも華やかだった。
    スグリの住むキタカミは、パルデアでは見たことのないような、人の手がほとんどつけられていないありのままの自然が広がっていた。

    柔らかに流れる風が、そこにいるだけで緑の香りを運ぶ。
    満開にほころぶ桜の花を、いつかスグリはハルトのようだと形容し笑った。
    そっと触れ合う手を、これから先も隣で握り続けていたいなんて、幼心の中に”早く大人になりたい”と熱を灯していたハルトは、スグリのその言葉をむず痒く聞いていたものの、春風の運ぶ花びらの中に浮かぶ笑みがあまりに温かく優しくて。
    花に例えられるほど可愛い少年ではないと言い返すのも忘れて微笑みを返す。
    自分が今心に宿しているどうしようもなく忙しない恋心が、彼の中にもあるのだろうと僅かに自惚れるのだった。

    花は好きだった。
    大好きな人が自分に例えた薄桃の花。
    柔らかな花弁を広げるように頬を緩ませる彼の姿。
    膨らむ蕾はいつだって燦々と光を受けた希望を孕んでいるのだと思っていた。
    その美しさが何を糧に育つかなど、少年は想像したこともなかったのだ。




    「おやすみスグリ」

    消灯されたばかりの病室内は、ベッドサイドに掲げられた薄明るいヘッドライトのみに照らされて、窓の向こうの夜闇を浮かび上がらせている。
    ベッドの上に横たわる恋人の前髪をそっとかき分けて、巡視にきていた看護師が部屋を出ていったのを確認してから額に唇を押し当てる。
    彼の胸元に繋がれたモニターが、そこにある心臓の拍動がほんの僅かに速くなったことを無機質な機械音で伝えた。
    ゆっくりと身を起こし、なるべく震えないようにと唇を緩く持ち上げることに努めれば、生気がほとんど見受けられない顔で目の前の少年が目を細める。

    暗がりの中でゆらりと揺れる黄金色の瞳。
    大地を照らす太陽のような輝きを湛えていたはずのスグリの瞳は、今やそこに曇天を映したままのように濁っている。
    その眼の視力がどこまで保たれているかも、ハルトには分からなかった。

    原因不明の花咲き症候群。
    ひと月程前に発症したその病は、人体に突如として根を張り、花を咲かせていった。
    罹患者であるスグリは、最初こそ髪に花を乗せた少女のような可憐さを見せていたが、原因も治療法も分からぬまま、今では身体の大半を花や芽に覆われ、シーツに沈むその細身はまるで、花と共に棺に納められた遺体の様であった。
    最初こそ花飾りを髪に差しているように見えたそれは、徐々に彼の深くに根を張り巡らせ、皮膚を貫きあっという間に少年の全身に激しい疼痛をもたらすまでに至った。
    毎日身体の何処かに新しい花が咲く。『花咲き』なんて美しい呼称ではなく、『寄生』というのが正しいのだろう。大小様々な花が頭や腕、そして最近になってスグリの左眼をも侵した。
    眼窩から花開いたそれは、ハルトにも見覚えがある。キタカミの里で二人で見た、林檎の実のなる前に開いた薄桃の花。
    いつか綺麗と二人して微笑み見たそれは、スグリの身体を文字通り食い破ろうとしている。
    病衣を着た彼の胸元から青々と葉をしげらせ、いくつもの林檎の花がふっくらとその花弁を広げている。
    そこに咲くいくつかの花は、瑞々しい真紅に染まっていた。…スグリの血の色だ。
    植物が養分を大地から吸い上げるように、スグリは花々の苗床のようだった。
    伸ばされた根はスグリの血管から血液を取り込み、そして開く花は最初こそ薄桃色の本来の花の色であったが、時を経て生命の色に染まっていく。
    真紅が輝く程に、スグリの生命が枯れていく様は、彼の顔色が日に日に青ざめていく事で明白だった。

    「…は、る、」

    「…ん?」

    連日、夜はスグリと同室で眠ることにしていたハルトが、簡易ベッドに身を横たえる前にその声を聞いたのは何日ぶりかのことであった。
    衰弱の激しいスグリのカサついた唇はうっすらと空気を食み、何度も呼んできたはずの大切な相手の名を紡ごうとしている。
    しっかりと声になって耳に届くことは滅多になかった。それでも今、彼が自分を求めていることは確かで。
    傍に顔を寄せて、浮いた骨の目立つ冷えた手をそっと自分の体温で包む。

    「スグリ。ちゃんといるよ。ずっとそばにいる」

    「……」

    スグリの、曇天に覆われた瞳が、右だけでハルトを探して揺れる。
    吐息が聞こえるほどにそばにいるというのに、彼にはもう、相手の輪郭を捉えられているかも怪しかった。
    悔しくて吐く息が乱れそうになるのを、努めてゆっくりと息を吐いてやり過ごす。
    強い痛み止めを投与され続けるスグリは、その影響で意識がぼやけていることが大半だ。本当は昼夜問わずして眠らせてあげるほうが良いのかもしれなかったが、それを拒んだのは他でもなくスグリ本人だった。
    家族や、ハルトと少しでも長く共に過ごしたいと、そんな小さな願いがそこにはあったのかもしれない。
    だからこそハルトは、毎日出来る限りの時をスグリの隣で過ごす。
    返事がなくても話しかけ続けて、力の入らない冷たい手を自分の肌で温めた。

    「さくら、」

    「…え?」

    花など、もう見たくもないほどだった。もう十分だ。こんな悲しくて憎らしい存在など一生慈しむ気持ちになれなかった。
    それでも、スグリがこぼす言葉の意味を考えながら、そこに確かに浮かぶ微笑みを見る。

    「…桜…は、もう散っちゃったよ」

    季節は巡っていく。数ヶ月前に一緒にキタカミで見上げた満開の桜を脳裏に思い返して、しかし今はその美しささえ憎らしくハルトが眉間にシワを寄せて伝える。
    きっとあの大木に咲く薄桃は、来年も同じように花開き、人々を魅了するのだろう。
    ハルト自身は、もう見たくもないとすら思うのに。
    自分のようだと笑う、彼の笑顔を思い出してしまうから。大切な人を救えない自分がそこにいるのだと知らしめられてしまうから。その大木の下に養分となる”彼”がいるのではないかと、錯覚してしまいそうになるから。

    「…きれい」

    「…綺麗なんかじゃ、ないよ」

    微睡みに揺れるスグリの瞳に、何が映るのか。
    彼の形容した満開の桜があるとでも言うのか。悔しさを涙に滲ませて、唇を噛む今の自分は、彼の見た厳かな美しさとは程遠いだろうに。

    「僕は、…花なんか嫌いだ。僕から、スグリを奪っていく花が、大嫌いだ」

    「……」

    押し留められなかった呪詛が唇を割る。
    一番嫌いなのは、何も出来ない自分自身だった。
    桜の花のように強く、美しく、愛らしく、誰もがそれを見つめて笑顔になってしまうような。
    年頃の少年が恋した人に比喩されるにはあまりにむず痒いそれを、けれどもそこに確かに宿る相手からの慈しみの心を感じて嬉しかったことを覚えている。
    きっと、ハルトにとってみたらあの日の桜の美しさは、スグリという人と共に見上げたから意味を成したのだ。
    自身が彼にとっての桜であるのなら、ハルトにとっての桜もまた、スグリだった。
    けれどそんな事はもうどうだっていい。彼を失ってしまうのなら、大自然の尊さなど必要はない。

    「……ひ、…っ」

    「スグリ?」

    俯きかけた視線を、引きつれた呼吸音に呼び起こされる。
    穏やかに細められていたスグリの瞳は苦悶と共に見開かれ、包んでいた手はびくびくと不規則に痙攣する。
    見れば彼の首筋を、いよいよ侵食し始めた植物の茎が巻き付いて、今まさにそこを絞め上げようとしていた。

    「ぐ、…、う、…!」

    「待って、なんで、…誰か!」

    慌ててベッドサイドにあるコールボタンを押す。コールの向こうでスタッフが返事をするのも待たずに、スグリの生命活動を示すモニターがアラームを鳴り響かせる。
    スグリの顔は苦悶に歪み、骨ばった手が必死に喉を掻きむしろうとして、力が入らずに指先が絞め上げられた首筋を撫でる。
    引きつれた呼吸音と、ハルトの悲痛な叫びが響き渡る中でパッと室内灯がついて医療スタッフが部屋に飛び込んできた。
    助けて、お願いだからと、今まで何度も叫んで、そしてどうにもならなかった言葉を口にする。
    現状を確認した医師が剪刀でスグリの首に絡みつく茎を切断しようと手を伸ばす。しかしそこに刃先が入る事も許さぬように、青々としたそれが益々皮膚に食い込むのをハルトは見た。
    同時に上がる、スグリの声にならない絶叫に頭がどうにかなりそうだった。
    筋力が落ちてほとんど動かせなかったはずの彼の四肢は白いシーツをくしゃくしゃにしてのたうち、行き場のない手が何度も同じ場所を掻く。

    「これは、もう…」

    眉をひそめた医師がそう呟くのを、ハルトは確かに聞いた。
    その瞬間、カッと頭に血が上るのを感じた。
    諦めるな、諦めてなるものか、と歯をきつく噛み締めて、ひたすらにスグリの首を絞める茎に手をかけた。
    葉を押しのけ、花弁をいくつか散らし、茎を引く。まるで花が生き物のように蠢いて見え、抵抗するようにハルトの腕にもその根が伸びる。
    スグリの悲鳴に似た叫びが、まるで彼に寄生する花々の叫びそのもののようだった。

    「ふざけるな、ふざけるなっ、いつまでスグリの命を吸って咲く気なんだよ!枯れろよ、枯れてよ!!」

    花はいつしか枯れるもの。
    どれだけ優雅に咲き誇ったとしても、人がいつか死を迎えるのと同様に、その身は朽ち果て、やがて自身を育んだ大地へと還る。
    目の前にある苗床の少年は、もう既に花を咲かせ続ける力など残ってはいない。それだというのに花々が未だ瑞々しさを保ち、最期まで養分を吸い上げようとする様に、ハルトは半狂乱になって嘆いた。
    花を睨む視界の端に、スグリの四肢がだらりと力を失い白地に沈むのを見る。酸素を失いゆく唇が一層血の気を失くし、奇妙な狭窄音と共に唾液を逃がす。

    「ぅ、っ…!!」

    無理矢理に掴んだまま離さなかった植物の根が、生き物のようにハルトの手にも巻き付いていた。思わず上げた苦痛に喘ぐ音。ハルトの腕までもが花に支配されようとしていた。皮膚を貫かれ、異物が侵入していく不快感と、激痛。
    こんな痛みを、スグリはずっと。

    代わりに、スグリの全身から強張りが消えていくのが分かった。…苗床の役割を果たしたかのように、静かに瞳が閉じかかる。

    「スグリ!!」

    苦痛に持っていかれそうな意識の中で必死に彼を呼ぶ。彼の眼窩でルビーのように光る花がせせら笑うようにその身を寛げる。
    名前を叫んで、その今にも消えそうな灯火をなんとか守ろうとする。ハルトのぐちゃぐちゃになっていく思考の中で、いつかクリスタルに覆われた未開の地で見た、スグリが何もかもを諦めてしまった時の姿が見え隠れしていた。
    そうじゃない。きみは強い人だ。僕にはきみが持たないものがあるかもしれないけれど、きみには僕にはないものが確かにある。

    あの時、目線を伏せたまま脱力した彼と、どうやって視線を合わせることが出来たか。

    『スグリ!!』

    ハルトの叫びと、その腕に取り巻く花が危機から逃れようと目の前の新たな苗床に根付こうとしたのは同時だった。

    「いっ…!たいなぁ、もう!僕のスグリからいい加減離れて、っ…枯れろ!!」

    まるで植物が人語を理解したかのように、ざわざわとその動きを変化させた。
    ぎっちりとハルトの腕を捉え、その皮膚の下にある赤を必死に吸い上げていたそれは、突如としてうねりながら葉や花を震わせ始める。
    全身を侵されつつあったスグリの細い身体も、脱力したままびくびくと幾度か震えていた。
    花弁が光を求めるように宙空へと広がりを見せ、そして、そこでぴたりと動きを止めた。
    後ろに控えていた医療スタッフが何も出来ずに見守る中、遂に今まで瑞々しさを湛えていた花々が、その色をみるみるうちにくすませていった。
    真紅のそれはしなやかさを失い、まるでドライフラワーのように乾燥したかと思うと、一枚、また一枚とその身を崩し始める。

    それはまさに、植物が今ある生を終える姿であった。
    白く皺の目立つシーツに、ぼろぼろになった命の欠片が散っていく。一瞬にも永遠にも思えた輝きを終え、地に落ちるかの如く、それでいて静かに。
    そこに存在したのはハルトが鼻を啜る音と、スグリの少しだけ穏やかになった呼吸音。
    モニターの警告音はいつの間にか鳴り止んでいた。散り行く花の中で、スグリがその両瞼をそっと持ち上げて、目の前にあり続けた人物の姿をうつす。

    「ハルト」

    そっと空気を震わせた音は、いつの日かぶりにしっかりと発音することが出来て。
    クリアになった視界の中で、朝露の様に目元を光らせる愛おしい少年を映して、目を細める。

    きみは知っているだろうか。
    いつか故郷で見た紅く熟れた甘酸っぱい木の実は、花が枯れた先で実るのだと。

    そっと絡ませた指は、もう凍えてはいなかった。
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