偶像は羽ばたかない 英雄殿が断れない性格であることは、自分の頭にも入っていたはずなのに。とはいえ、如何なるときも彼女が私の支配下に置かれているなどとは考えていない。気心の知れた仲だとは思っているが、彼女のことを恐れ多く感じて距離を置こうとしてしまう部分はまだ、ほんの少し残っている。
アルコールにより熱を帯びた身体が寝返りを打とうとして藻掻いた。寝室へと歩みを進めながら彼女を抱え直す。首が程よい位置に落ち着いたのか、安心したように大人しくなった。
英雄殿の身体がひとつ落とされたところでベッドは簡単には沈まない。警戒心もなく放り出された足から靴を脱がせ、薄らと傷の浮いた肌はそこから見え隠れしている。
「英雄殿」
「んー……」
向こうから腕が伸びる。ベッドへ引きずり込まれた私は顔を胸に抱えるように受け止められ、心音が鼓膜に響く。抱き枕を抱くかのように雑で、しかし愛のある抱擁だ。
「……飲みすぎだ」
「ちがう。そんなにのまなくても、こうなる」
「余計心配になるから控えてくれ」
いや、この注意は起きてからすべきだ。起きた頃には今話した内容など彼女は忘れてしまっていることだろう。大事な話は意識がはっきりしている状態でしなければ効果はない。
「じゃあもっと束縛しといたほうがいいよ」
顔を上げれば目が合う。意識こそは鮮明ではないものの、その瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。詰まりそうな言葉を無理矢理引っ張り出して、私は尋ねる。
「冒険者を辞めさせてイシュガルドに住まわせろ、とでも?」
「そのくらいしないと」
「はは。素面では断られるだろうな」
「かもしれない。けど……私が帰ってくる場所は必ず、ここだよ」
その居場所を作ったのは本当に私なのだろうか。彼女の鋭い眼差しが、まるで私を貫くようだった。
「はやく自分のものにしちゃえばいいのにね」
英雄殿は呑気に、今にでも歌い始めるかのようにそう語る。これは期待をしているのだ。その期待に私は応えられずにいる。私の我儘で彼女の未来を縛ることが叶うなど、到底考えられなかった。
お喋りな口はいつしか寝息を立て始めていた。私の体を抱え込んだまま安心したように目を閉じている。このまま手酷く抱いて自分のものにすることなど容易いのに、当然行動に移すことはできなかった。しかし、どうしてか彼女が怒るのも想像できないのだ。彼女が脆い存在でないことは十分理解している。けれど愛していると伝えれば英雄殿が英雄でなくなってしまうような、そんな恐怖がそこにはあった。