「……よし」
慣れないキッチンでの作業を終え、仕上がりを見る。事前に予習していた通りの出来映えに安堵し、次の作業に移る。滅多に使われないキッチンに、甘い香りが広がっていった。
色々紆余曲折の果てに恋人になった相手は同性だった。今までとはあまりに勝手の違う相手に手を焼いたり苛立ったりしたが、それでも僕はあいつの手を離すことはできなかった。
今まで付き合ってきた女の子達ならば程々に甘い言葉をかけて、その後はねだられるままに高価なプレゼントを贈っていれば良かったけど、今の恋人にそれは通じない。むしろ今までの感覚でプレゼントを贈ろうとしたら、それはもう嫌そうな表情をされてそれなりに落ち込んだ。
それでもめげずに交際を続けるうち、あいつが嫌っていたのは僕の年齢にそぐわない貢ぎ癖、そしてそれを利用するかつての彼女達に嫌悪感があったことを知った。
「だからむしろ、一緒に勉強したり、うちにある本を貸したりの方が喜ばれるって知った時はびっくりしたよねぇ……」
ハンドミキサーでボウルの中身を攪拌しながら苦笑する。抱えたボウルの中では真っ白なクリームが泡立てられていく。トロリと柔らかいクリームの完成を確認し、僕は仕上げにとりかかったのだった。
「ほら、これ」
翌日は休日で、あいつは以前からの約束通り僕の家に遊びに来た。お家デートとしては驚くほど健全にレンタルした映画を見たり、次の試験に備えた勉強をしたりと時間を過ごしてから、僕はあいつの前にソレを差し出した。
「……ケーキ?」
怪訝な顔をしてあいつが見下ろすのは先日作ったケーキだ。丸くて小さい形とふんわりとスポンジを包むクリーム、てっぺんには赤いイチゴが乗った可愛らしいケーキ。
「もうじき誕生日だろ?だから用意したんだよ。ちゃんと事前に練習したから、味は無問題だよ」
手作りだと聞いたあいつが小さく笑う。普段から家事は定期的に来てくれるハウスキーパーさんに任せきりでも、これぐらい調べればできるんだよ。
「まったくもう……」
仕方がない、と薄く笑みながらあいつが手にしたフォークでケーキを掬う。小さな口に収められ、咀嚼されるケーキを羨ましく思えるのは、僕があいつに触れたくて仕方ないからなんだろうか?こくり、とケーキを飲み込んだあいつは先に用意していた紅茶を飲むと、おいしいです、と呟いた。
「ああ、良かった。お前の口に合って。妹さん達の分もあるから帰りに持って帰れよ」
あいつがこの上なく可愛がっている歳の離れた双子の妹達を思い出す。まだ低学年ぐらいのはずなのに何処から仕入れた知識なのか僕の事を「スケコマシ」と呼んで脛を蹴ってくるモンスターシスターだけど、大切な恋人の大切に家族だからね。
なのに、あいつは顔を真っ赤にして俯く。
「……今日は、泊まると言ってきました。妹達はいつもの丙さんのお宅にお泊まりするそうなので」
「貴方も、誕生日が近いですから……、できる範囲で、喜んでもらおう、かと」
真っ赤になった恋人を力一杯抱きしめる。彼が泊まってくれると言っただけで、僕以外誰も暮らさない豪華なだけの空疎な家が天国みたいだ。
「じゃあ、このケーキは明日の朝にでも食べようね?」
腕の中の恋人が小さく頷いてくれたのを確認して、僕は可愛い恋人に思いをこめてキスをしたのだった。