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    時雨子

    フェリディミ

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    時雨子

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    青後半は少しずつ互いの想い(重い…)を分かっていけるといいよね

    殿下外伝が白銀乙女なのを都合よく解釈しようそうしよう

    ◆献身の在り処は

    「あの皇帝の首を。ディミトリ、お前のために」

    フェリクスが分厚い刀身を抜き放つ。あれは、いつか見せてくれたゾルタンの剣か。その隣では、ロドリグが馬上で槍を構え直す。
    何かがおかしい。フェリクスは、ロドリグは、俺を正しい道へ引き戻すためにずっと奔走していてくれたはずだ。その二人が目に憎悪を滾らせ、帝国軍を迎えうっている。
    違う、待ってくれ。もう俺はちゃんと気付いたんだ。他ならぬ、お前たちのお陰で。
    ……そうだった。ロドリグは死んだはずだ。俺のせいで。ロドリグは己の信念に従って死ぬのだと言ってくれたが、俺が愚かな行いを続けていなければあいつが死ぬ必要は無かったのだ。
    此処はどこだ。見覚えのある堅牢な城壁。目の前には帝国軍とかつて黒鷲学級の生徒であった複数の人間と思しき将がいる。そして、中心にはエーデルガルトと彼女に寄り添う見慣れない緑髪の女。誰だろうか。どこか先生に似ている気がするが、そんなはずはない。先生は男だ。似ているところがあるとしたら、その珍しい髪と瞳の色ぐらいだ。しかし、それ以外にもどこか得体の知れない雰囲気がある。
    そもそも、彼らが立っている場所はおかしかった。アリアンロッドは今や帝国の手に落ちているはずだ。だというのに、フェリクスとロドリグの後衛、アリアンロッド城砦内には王国兵が見える。逆に、城門の前で攻め入る側の陣形を取っているのが帝国軍だ。

    ロドリグが倒れた。その身体を槍を貫かれて。フェリクスが一声叫んだ後、あんたの分まで俺が戦ってやる、と悔しそうに呟いた。
    噛み合わない。何かがズレている。遠近感の狂った風景を前にして焦点を合わせられていないような感覚だ。フェリクスは、グロンダーズ出陣前に父親に対して渋面を作っていた。そうだ。あれはフェリクスの言う通り、多くの命が俺のために喪われた無謀な戦であった。
    戦の前に勝算も何も言えなかった俺を誹るフェリクスに「勝てばいいだけの話」と仲裁したロドリグ自身が死ぬことになったのは、皮肉にもほどがある。
    だがフェリクスはそれに対して何も言わなかった。いっそのこと、恨み、責め、詰ってくれる方が楽だったかもしれない。殺意を向けられたらきっと受け入れた。それなのに、実際には泰然と父親の死を受け入れる様子で謝罪の言葉すら受け取ってもらえなかった。きっとフェリクスに責められることで贖罪している気になろうとしていた自分へこの上なく相応しい罰なのだろう。
    目の前のフェリクスが帝国軍の方へ進軍する。いや、この男は本当にフェリクスなのだろうか。そう思いながら辺りを見回すと、驚くべきことに青獅子学級の仲間の姿があった。帝国側の陣営に。
    何故だ。何故彼らが帝国軍に味方しているんだ。混乱する自分を置いて、場面は次々に展開する。フェリクスが迷いなく彼らを含めた帝国の将を斬り捨てていく。幼馴染もかつての学友も顔見知りも躊躇なく手にかけるフェリクスの表情はゾッとするほどに冷たい。命を絶つその瞬間、はっきりと相手の形相を直視している。顔見知りを斬る時には顔を見なければいいと言っていたのに。ああ、そうか。お前の武人としての矜恃を思えば当たり前だった。
    屍の山が積み重なる。血風が舞い上がる。その中心で、フェリクスの浅葱色の戦装束が醜い赤で染まり、ひたすらその手が血に染まっていく。
    帝国の兵卒と将を軒並み壊滅させたフェリクスが駆け出す。その先には、緑髪の女と、エーデルガルトがいる。
    いや、それは駄目だ。攻を焦り過ぎだ。先ほどからその緑髪の女が魔導を使っているのを見ていなかったのか。剣を操りながらも、魔導の腕も相当の手練れだ。その上、エーデルガルトの傍らにはヒューベルトがいる。
    お前に勝る剣士はそういないだろう。だが、複数人の魔導士相手は不利だ。その剣先が届かなければ、いくらお前が強くとも勝ち目はない。
    ヒューベルトが放った魔導の昏い光がフェリクスに迫る。フェリクスはエーデルガルトを相手取りながらも、すんでのところでそれを躱す。
    しかし、緑髪の女が死角から続けて炎を放った。逃げろと叫びたいのに声が出ない。今更ながら、自分の姿が誰にも見えず、いない者であるかのように誰にも干渉出来ないことに気付いた。
    剣先がエーデルガルトの喉元に迫る。だが、それは貫くに至らず魔導の炎がフェリクスの身を灼き、絶叫が響く。振り向いたフェリクスが緑髪の女の姿を捉え、皮肉げに口元が歪んでゴポリと血が溢れた。
    フェリクスの身体が、ゆっくりと倒れる。蘇芳色の瞳からは徐々に生気が喪われていく。遠く蒼穹を見つめながらその唇が僅かに動いて、何か言葉を紡ごうとしている。もはや口元に耳を寄せなければ聞き取れるはずもないだろうに、何故かその声ははっきりと自分の耳に届いた。

    "我が王、ディミトリ。"

    「フェリクス!」
    自分の声で目が覚めた。周囲が暗くてよく見えない。全身に嫌な汗が滲み、心臓がバクバクと音を立てている。全力で駆けた時のように息が乱れている。何をしていたのだったか。フェリクスが死んで、いや、死ぬはずがない。我が王と呟きながら死にゆくあの男はきっとフェリクスによく似た別人だ。あの光景はあり得ないものだらけだった。ああ、夢か。夢を見ていたのか。
    「殿下、どうされましたか?」
    ドゥドゥーの声が聞こえる方に目を向けると、外から野営の微かな明かりが漏れているのが見えた。そうだった。
    アリアンロッド。帝国に奪われていたその城砦を奪還するため出陣し、今夜は野営をしていたのだった。自分のテントの前ではドゥドゥーが護衛を務めている。
    夢と現実の境目があやふやな頭でなんとか冷静な思考を取り戻そうとする。しかし、大丈夫だと返そうとした矢先にバタバタと焦ったような足音が外から聞こえた。
    「おい、ディミトリ。入るぞ」
    こちらの返事も聞かずにフェリクスが入ってくると、途端に思考回路が現実に強引に引き戻される。先日、フェリクスには長年悪夢に魘されていることが露見してしまっていた。だから心配して駆けつけたのだろう。だが、これから赴く戦場でお前が死ぬ夢を見て自分の声で目を覚ますなど、初陣の歳若い兵士でもあるまいし。情けなさすぎる。
    「どうした」
    羞恥と動揺が入り混じって狼狽する自分に構わず、暗がりの中でフェリクスが隣に腰掛けて手を握ってきた。こういう時のフェリクスの声音は妙に優しい。いつもは刺々しく皮肉げな口調が、低く包み込むように柔らかくなる。表情があまり見えないというのが素直にさせているのだろうか。しかし、今日ばかりはその優しさが居た堪れなかった。
    「いや、その、……大丈夫だ。起こしてすまない」
    「夜中に人の名前を大声で呼んでおいてそれはないだろう」
    「う……」
    しどろもどろになる自分へ、フェリクスが呆れたような口調で文句を言う。確かに言うとおりだ。返す言葉もない。
    何と説明したものか言いあぐねた自分に対し、フェリクスはしばらく待ってくれていたが、結局諦めたようにため息をついた。
    「まあいい。言いたくないことならば構わん」
    フェリクスが両手を温めるように包んできた。触れ合う指先から血が通って生きていることを確かに感じる。やはり、あれはたちの悪い夢だった。
    そう思ったら、不意に子供っぽいだとか情けないだとかどうでもよくなってきた。このままどさくさに紛れて甘えてしまおう。そんな魔が差して、手を伸ばす。ごく、自然な動作でフェリクスの身体がすっぽりと自分の腕の中に収まった。
    「おい、なんだ急に」
    戸惑いの響きを持った声だが、特に抵抗する様子もない。それを許容と都合よく解釈し、肩口に顔を埋めて重心を傾けた。
    「なあ、お前はどうして俺の傍にいてくれるんだ?」
    気付けば、止める間も無く零れ落ちるように口から言葉が出ていた。何故だろう、普段はこんなことを聞こうなんて思わないのに。
    悪夢を見たせいだとか、まだ寝惚けてるだとか、フェリクスが妙に優しいからだとか。全部何かのせいに出来てしまう気がした。
    「……お前が目の離せない猪だからだ」
    「人を害する危ない獣であれば、俺でなくとも傍にいて見張ってくれるのか?」
    「チッ。何が言いたい」
    「さっきは、お前が死ぬ夢を見た。それで魘されて飛び起きるなんて、子供っぽくておかしいだろう?」
    ほら、俺が素直に白状したのだからお前も白状しろ。そう言外に促してやるとフェリクスから心底嫌そうな呻きが聞こえてきた。
    ――俺のために死んでくれるな、とは頼めない。もとより俺のために死ぬつもりではなく、死んだ時は己の信念に従ったまでと言うのだろう。俺を信じ、命を懸けて剣を振るい盾を掲げるお前に対する侮りにも聞こえてしまうかもしれない。第一、王の為に兵が死ぬことを受け止められないなどと思われたら、ますます呆れられてしまう。
    でも、一言だけでいい。俺のために死なない約束はさせられなくとも、この先も望んで傍に居ていくれるつもりがあるのだと。確かな言葉をねだってしまいたくなった。
    「全く、お前は。言葉にせずとも分かるだろうに」
    不機嫌そうな口調に反し、自分を抱き締め返して背中を撫でるフェリクスの手つきは優しい。
    もちろん。子供の頃から変わらず誰より情深いお前が、俺のことを思ってくれているのは知っているさ。
    だからきっと、ぶっきらぼうでありながらもそういう言葉が聞けると思った、……のだが。
    「お前が何よりも、誰よりも大切だ」
    やけに素直だ。
    「愛していると言ってもいいかもしれん」
    ……聞き間違いか?
    「この先もお前と共に在れるためならば、何だってやってやる」
    何だって、とは。一体どこまでしてくれる気なのか。
    「だからお前と共に生きるつもりはあれど、そう簡単に死ぬつもりは毛頭ない。そのような荒唐無稽な夢はさっさと忘れてしまえ」
    それは、言葉にしなくては分からないと思う。
    顔が熱い。心臓がドキドキする。先ほど悪夢に魘されていた時とは全く違う意味で。この鼓動が聞こえてしまったらどうしようと思うのに、フェリクスと抱き締めあったまま離せない。離したくない。
    「フェリクス」
    ああ、夢の中のフェリクスは確かにフェリクスだったのかも分からない。
    自分への思慕と献身がこんなにも熱烈なのだと、たった今、初めて知ったのだから。
    「ほら、言ったぞ。満足か」
    「お前は悪態か熱烈な言葉かどちらかしか言えないのか」
    憮然と投げやりに続けられる言葉へ、どうにも喜色が抑えられなくて声色に出てしまう。まずいな、こんな言い方をしたら苛立たせてしまうのに。でも、きっと嫌そうにしながらも、言の撤回などはしないでいてくれる。
    「お前が言えというから……ッくそ、もう言わんぞ」
    予想に違わず機嫌を損ねて離れようとした身体を引き止めた。頬を包んで、目を見合わせる。
    「それは困る。言葉にしてほしいんだ、俺は」
    この距離であれば、暗がりでも顔が紅潮しているのは分かってしまうだろう。
    だが、別にそれでよかった。だって、フェリクスの目尻も朱に染まっている。
    「今しただろう」
    歯切れ悪く苦々しげに言う言葉に、自分自身でも長らく忘れていたような心からの笑みが自然と浮かんだ。
    「……お前の口から、もっと聞きたい」
    だから、俺もお前に伝えていいだろうか。
    そう、内緒話のように囁く。じわりと朱が濃くなるその顔は、ひどく綺麗なものだった。
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