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    時雨子

    フェリディミ

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    時雨子

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    文字と数字の羅列に嫌気がさして、王城で充てがわれた執務室から抜け出し庭園へ。足の赴くままに行き着いた先にある簡素な木製の長椅子に腰掛けた。少し肌寒いが、まだ日も高い。ちょうどよく木々の隙間から日差しが降り注いでいる。それを直視はしないように目を閉じて、天を振り仰いだ。

    庭園は、幼い頃にディミトリと二人駆け回った。
    まずは、あの花開くような笑顔で手を引かれて楽しげに案内された。皆に好かれるあいつを独り占めしたくて手を引いて連れ回したこともある。 遊んでいるうちに雨が降り、二人で木のうろに入って身を寄せ合い雨宿りをした時は、自分だけが風邪を引いた。兄上やシルヴァン、イングリットもいて皆で隠れ遊びをした時は、なんとしてでもディミトリを一番に見つけようと全速力で駆けた。もちろん勝利を勝ち取ったことは言うまでも無い。
    他愛なく、まだ何の痛みも知らなかった頃の思い出だ。ここは、ダスカーの事件の後、そして長らく続いた戦禍で随分と荒れ果てていたが、最近ようやく整えられた。微かに懐かしい面影を思い出せる程度にはなったのは、ディミトリが記憶を頼りに庭師へ説明したお陰だろう。
    ここもそうだ。入り組んだ小道の先にある鬱蒼と生い茂る低木に囲まれた草むら。知らなければ迷いやすく見つかりにくく、よく内緒話をした。その場所によく似ていた。少し開けた地面に日の光は降り注ぐ様はまるで舞台のようで、騎士の叙任の真似事を何度もしたことがある。その時には自分は決まって親愛を込めて手の甲に、頬に、額にと口付けを贈ったものだった。
    もう死んだ奴との儚い記憶。かつては忘れてしまおうと努めたものだが、そう簡単に色褪せてくれてはいなかったようだ。今は抑えこむ必要など無くなった。あいつは生きていたのだから。ひとたび、それを受け入れてしまえばいっそ呆れるほどにその記憶は鮮明に蘇った。

    とはいえ、箱庭の如く穏やかな思い出に浸ってばかりではいられない、そんな相反する現状もまた、否応なしに思考を巡っていく。
    瞼の裏では執務室に置いて来た紙面がパラパラと散らばる。
    税収は適正か、不正はないか、数字に誤りはないか。予算の使い途は、配分は。文官、武官、渉外官の人選はあれでよかったか。軍備は……イングリットの奴とも情報交換しておいた方がよいだろう。ああ、元帝国領の情勢や治安に不穏な動きはないのかも警戒せねば。そういえばゴーティエ辺境伯から書簡が来ていたな。近いうちに直接会いに赴いた方がいいだろうが……そろそろ自領へ一旦戻るか。王の補佐とはいえ、叔父上に負担をかけてばかりだ。領民からの陳情書や領内の諍いに自ら手が回せずとも把握しなくていいわけではない。そういえばあの村の様子はどうだろうか。先王陛下と所縁があると……まあ、感化されたわけではないが、そも、あの地は盗賊が多い。廃墟となった物見台や小さな城砦やらを根城としやすいからか……?そのうちどうにかせねばならんな。
    いや、その前にまずは目の前の仕事だな。この後は書きかけの書面をしたためて日没までに最低でも二件程は従者に届けさせたいものだ。それが済めば次の――

    そう考えたところで、慣れた気配を感じた。具体的に何かの物音がしたわけでも、瞼の裏で影が揺れたわけでもない。ただ、強いて言うならば空気が動いたということだろうか。その空間だけ、淡く暖かく光るような。
    だから、天を仰いで目を瞑ったまま、迷わず両手を上に向かって真っ直ぐに伸ばした。予想に違わず、さらさらとした髪の毛が指を通る。首筋に指を滑らせて引き寄せると、従順な様子で体温が近づいてきた。
    「ディミトリ」
    確信を込めて呼びかけながら目を開けると、端正な目鼻立ちを持つ男の悔しそうに眉根を寄せた顔で視界が占められていた。それも逆さまで。
    今日は後ろから気配を殺して忍びこんだらしい。そんな努力は無駄に終わったが。
    「俺じゃなかったらどうする気だ」
    「ハッ。俺がお前を間違えるわけがない」
    気配の持ち主を読み取る以前に、ここへわざわざ俺を探しにくるのもディミトリぐらいというのもある。
    だが、こう言ってやった方がいいのだ。
    「……間違えたら許さないからな」
    何故ならその白皙の頬を朱に染めることが出来るのだから。少しムッとしたような要求に自然と口角が上がるのを感じる。先ほどまで頭を埋め尽くしていた文字も数字もどこかへ行ってしまった。そもそもこの男が原因で、長らく気が引けていた公爵という地位をよりにもよって自分が得るということへの躊躇いを全て捨ててしまったのだ。どれだけ苦労しようとそれを後悔したことなど一度も無い。
    だが、それならば俺からのささやかな要求ぐらいには応えてもらおうか。
    そういう意図を込めて見上げ、頬を軽く撫でるとディミトリが目線を泳がせる。
    「外だが」
    「お前がこの場所をわざわざ復元させたのではないのか?」
    この、人目につかず、誰の邪魔も入らない二人の場所を。そう揶揄い混じりに言えば、こちらの思うところは十分に伝わったらしい。ディミトリは早々に降参の意を示すようにため息をついた。
    視界が金糸に覆われる。
    仕方がないなという気配があるが、それはこちらの台詞だ。驚かせようとしているのか毎回気配を殺して近寄ってきて、わざわざ人目のつかぬところにいる時を狙っているのは、要はこういう触れ合いがしたいのだろう。気に入らないのは俺の不意をつけなかったことだろうか。
    つむじに、額に、頬に。あの頃自分が親愛を込めて贈ったように、その唇の温もりが肌に落とされる。
    優しい触れ合いは友愛からのそれと同じものだ。だが、あの頃になかった熱が確かにある。お互い内側で燻っているはずだ。
    それを寄越せと垂れ下がる金糸に指を深く差し入れる。
    「……部屋に戻ってからの方が良くないか?」
    「それは日が落ちてからであらば歓迎だな」
    引き寄せるままに眼前に迫った白い喉と、そこから発する微かな体温の上昇。それを感じると同時に、熱い吐息が口移しで伝わった。
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