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    時雨子

    フェリディミ

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    時雨子

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    ディミトリ誕生日おめでとう


    誕生日も、仕事のようなものだ。

    彩り豊かな前菜に、スパイスが程よく効いた温かなスープ。バターをたっぷり使った焼きたてのパンに、鉄板の上で音を立てる肉料理。そして多種多様な酒に、甘味。
    城で一番大きな広間に大勢の人間が集まり、城の厨房で腕によりをかけられた料理に舌鼓を打っている。
    ここ数年で食が豊かになった。相変わらずファーガス地方の土地は恵まれないが、南方より取り寄せた食材が食卓の上を飾っている。
    王だからと言って毎日豪勢な食事を摂りたくはないし、どうせ味を感じられないのだからあまり金も手間もかけるのは遠慮したい。
    だが、今宵は特別な日だ。国王の誕生祭なのだから。人が集まるならば、それなりの準備をせねばならない。美味いものを食べている姿を見るのは好きだ。俺のため、というよりは祭りを口実に楽しんでもらえれば良い。ブレーダッド領の城下町も各村々も今頃は活気付いているだろう。
    自分のような者が祝われるなど。民の税をこんなことに使いこむなど。本音はそうだが、そういう問題では無いのだ。こういったことは催事として必要なものなのだ。
    大勢に祝われていることには感謝している。しかし、能天気にただ祝われているだけというわけにはいかない。この場にいること自体、王としての役目のつもりでいなくては。
    そう思っていたのは本心だったが、つい口を滑らせてしまった。広間の中心近くの柱に背を凭せ掛けてはいたが、その失言を拾う距離にいるのが一人しかいなかったから。
    「抜け出したいな」
    「主役が何を言っている」
    人混みをどうにか捌いてようやく隣で酒杯を傾けたフェリクスは呆れたように言った。立食形式で社交の場も兼ねているのこの催しで、こちらへあちらへと声をかけられていたのはフェリクスも同様のはずだ。口では腹心として諫めてきても、自分以上に抜け出したいと思っているに決まっている。
    「ふふ、昔は俺が連れ出してやったのに。覚えているか?」
    「どれのことだ?退屈な社交の場など幾度もあったからな」
    逡巡するように顎に手が添えられた。その頭の中ではどれが思い浮かんだだろうか。だが、俺が一番よく覚えているのは、
    「十一の頃の建国記念日だ。あの頃はグレンが騎士に叙任されたばかりだったから、お前はこんなことより鍛錬をしたいと言って聞かなかった」
    「……フン、それの何が悪い。お前だって喜んで加担しただろう」
    少し気まずそうな歯切れ悪い声が聞こえてくる。見下ろせば半眼で睨まれ、苦笑するとますます眉間に皺が寄った。
    「そうだな。今思えばお前の我がままを聞いていやるという口実ができて、俺も楽しくなってしまったのかもな」
    「当然だ。堅苦しく決められた社交辞令の台詞を繰り返すよりも、夜の庭で手合わせをしている時の方がずっといい顔をしていたぞ」
    少し譲歩してやると微かに笑みを含んだ口調になった。他愛無い思い出話で脳裏に浮かんだ光景はきっと一緒のものだ。
    「でも、そのうち探しにきたグレンに見つかった。逃げ遅れたお前を人質に取られてしまったな」
    「兄上も人が悪い。このままディミトリが見つからなければ俺は王子を拐かした咎で酷い懲罰を受ける、今後会うことも禁止されるなど、とんだハッタリだ」
    王子付きとは言えど下級騎士にそのような権限も無いくせに。やけに大仰に、愛する弟へそんな仕打ちは俺も辛いしかしこれも騎士の務めなどと嘯いて。暴れるフェリクスを羽交い締めにして声高に宣言するのを低木の陰で聞いた俺は、まんまと顔を青褪めさせられたのだ。
    「俺はそれを真に受けて、慌ててグレンに縋ってお前を取り戻そうとした」
    「まったく、そのまま隠れていれば逃げることも出来たものを。お前はノコノコと出てきてしまった」
    兄上のいつもの冗談だと、グレンの拘束を解かれたフェリクスはすっかりむくれていた。お前の助けなんていらなかった、などと言われて、当時は余計なことをしたのだと落ち込んだものだが、きっとあれは不甲斐なくて情けなかったのだろう。でも俺だってそれは同じだ。
    「はは、元々お前のためにと思っていたのに、俺のせいでそんなことになったら本末転倒だ。それをよく分かって脅しをかけたグレンの勝ちだったんだよ」
    もうあの頃のような子供ではない。そう、笑って流そうとしたが不意にフェリクスの手が伸びてきた。酒杯を持った自分の手の方に。
    「ならば、今宵は俺がお前のために連れ出してやろうか」
    一瞬だけ、ニヤリとフェリクスが口角を釣り上げる。
    「え?フェリ、」

    パリン、ガシャン。

    手の中の酒杯が砕けて派手な音を立てる。強く握っていた覚えはない。驚いてフェリクスの指先を見ると微かに青白い魔法の残滓が見えた。だが、周囲から集まる視線にそれを見咎められる隙も与えずにフェリクスが驚いたような大きな声をあげる。
    「陛下!お召し物が……いや、それより少し疲れておいででは。おい、そこの者。片付けを頼めるか」
    「……はっ!た、ただいますぐに!」
    「ああ、礼を言う」
    呆然としている間にフェリクスがテキパキと指示を与える。なんだなんだと騒つきが広がっていくが、フェリクスは至って平静に立ち回る。
    「ふぇ、フェリ、クス?」
    「失礼、陛下。……少し、飲み過ぎでしょう。力加減が出来ておられない」
    そう言いながらフェリクスが手を取り、次いで手袋を取り払った片手で首筋に指が添えられる。心配そうな顔――は、演技だ。合わせろ、と要求するような圧を向けられている。
    「そ、そうだな、お前がそう言うのだからそうかもしれない」
    しどろもどろに答えるとフェリクスは少し舌打ちしたそうな顔をした。理不尽だ。俺がこの手の芝居は得意ではないと分かっていることだろう。
    厳しい表情で手袋を嵌めなおしたフェリクスは俺を庇うように立って周囲に堂々と宣言する。
    「皆の者、陛下は少し席を外す。主役を欠いては華やぎに欠けようが、ご多忙の陛下への心配りが足りなかったとあれば至らぬ限り。しばしの間休んでいただく」
    そうして、ボロを出さないうちにあれよと言う間に手を引かれる。扉まで道を開けるように人混みが開くのは大層落ち着かないものだった。


    「半刻は戻らんでも問題無いだろう」
    適当な客間に建前とばかりに茶を運ばせて、鍵をかける。振り向いたフェリクスはどうだ?とばかりに笑んでいる。
    「……フェリクス。お前最近なんて噂されているか知っているか?厳格な公爵閣下が国王のこととなると過保護だと」
    「フン、そんなもの気にしてどうする」
    少し呆れて見せたつもりだが、フェリクスは余裕を崩さない。それどころか、肩を竦めてなんてこと無いように受け流した。
    「俺が居心地悪いのだが」
    お前に大切にされている。それを皆に喧伝されているようで気恥ずかしいような、……嬉しいような。
    しかし、フェリクスは特に意に介した様子もなく、ごく自然な動作で首に腕を絡めてきた。引き寄せられるのに従って屈めば、唇へ頬へと軽く掠めさせるような口付けされてから耳元で囁かれる。
    「俺としてはかえって都合がいいのだがな」
    「…………お、お前……」
    言い返す言葉が見つからなくてため息を吐いた。フェリクスの低く少し艶を含んだ声に弱いことに自覚はある。この男は絶対それを分かってやっている。
    随分と、図太くていい性格になったのものだ。先ほどの一芝居といい、度々それを見せつけられている。いや、あのロドリグの息子なのだからもしかしたら当然なのかもしれない。本人は認めたがらないだろうが、正反対のように見えて要所要所で似ているところはあるし、そうでもなければ王の腹心など務まらないだろう。
    だが、なんだかフェリクスばかり余裕なようで気に食わない。以前は逆だったような気がするのに。
    そんな思惑を分かっているのかいないのか、それより、とフェリクスは両手を広げる。
    「さて、何をする?幼い頃のように隠れて手合わせでもするか?それとも――」
    楽しげに悪戯めいて煌めく瞳に見上げられる。気の置けない親友の顔にも、愛しい恋人の顔にも見える。
    どちらだっていい、お前とならなんだって。それは常日頃から、今も昔も、きっとこの先もずっと変わらず思っていることだ。
    でも、今日はなんだか素直にそうは言いたくなくて。どうしたら困らせてやれるか、などと幼稚なことを考えている。
    だから無言で抱きついた。
    「ディミトリ?」
    そのままソファに座らせてズルズルと頭の位置を下げる。行き着く先は膝の上だ。フカフカとした絨毯の上に座り込んでフェリクスの太ももに右頬を押し付けて腰に手を回す。
    「フェリクス、俺は疲れている」
    「それは俺の方便だろうが」
    バッサリと返されてしまい、不機嫌を隠さない表情のまま頭を起こしてフェリクスを見上げた。
    「過保護な公爵閣下に国王が甘えては駄目か?」
    「俺は過保護ではない」
    そう言いながらも微かに甘さの滲む表情で頭を撫でてくる。手袋越しには体温が伝わらないがその手つきは優しい。
    「だが……ただのディミトリの、その腑抜けた顔を拝めるのならば悪くない」
    半刻後には澄ました顔で臣下の前に姿を見せる。そんなお前の間抜け面を知るのは俺ただひとり。気分がいい。
    小馬鹿にしたような物言いはちっとも甘くは無いのに、何だか際限なく甘やかされている気がする。こんなに甘やかされては駄目になってしまう気がするのに。
    でも、拒否出来ない。お前が甘やかすのは国王の俺ではないのだから。
    「なら、お前も過保護な公爵でなくてただのフェリクスだ。ただのフェリクスは俺に言うべきことがあるんじゃないのか」
    開き直って存分に甘やかされてやろう。そう思って睨みつけるとフェリクスは怪訝な顔をした。
    「は?」
    「……今日は何の日だ」
    鈍い奴め、と唇を尖らせる。すると、キョトンと目を丸くした後、堪え切れないと言うように珍しく声を上げて笑い始めた。顔を逸らして口元を押さえているが何も隠せていない。
    「ふ、くく……くはっ」
    「フェリクス!」
    軽く胸を叩いてやると、そのうち気が済んだのかフェリクスは向き直って身を屈めてきた。頬に手を添えられて目を閉じれば、額に軽く口付けられる。
    そうしてからやっと、今日一番欲しい言葉が贈られた。
    「悪い、悪かった。……誕生日おめでとう、ディミトリ」

    ――ただのフェリクスから、ただのディミトリへ。ただ純粋な親愛を込めて。


    2020/12/20
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