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    Q781N

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    Q781N

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    涙と約束(付き合ってるマオックス)
    マオの過去についての描写を含みます。

    ##文章

    「マオって、映画好き?」
    「そうでもない」

    やば。即答しちゃった。パッと笑ってみせていつものように「アレくんは?」と聞く。
    オレの様子に「?」を浮かべながらも、アレくんは柔らかく微笑んだ。

    「デートっていうと、遊園地とか美術館とか映画館とかが定番らしいから」

    一般的な話じゃなくてアレくんが好きなのかどうかを聞いたのに。…オレが取り繕ったから、好きかどうかを言えなかったのかな。

    「普通の恋人の真似事がしたいの?」

    そう意地悪に聞いてみる。

    「マオとなら、なんでもしてみたいよ」

    並んで座ったソファの上で、アレくんは愛おしそうにオレの髪を指で梳いていた。軽く頭を動かして指に擦り寄ると「猫みたいだね」と彼は笑う。
    前のオレなら、うやむやにして話を切り上げてたんだろうけど。今相手にしているのはどうでもいい有象無象なんかじゃない。この世界でただ一人、オレのことを知っていてほしいと願う相手だ。

    「ねえ、アレくん」
    「なに?マオ」

    君は本当にオレの名前を呼ぶのが好きだね。優しいこの声を聞いていると、楽しい話ばかりしていたい衝動に駆られる。けど、いつまでも先延ばしにしていたって仕方がない。いずれ知られることなんだから。

    「マオ?」

    ふと気がつくと、心地よく髪を梳く指は止まっていた。深い青目がオレを覗き込んでいる。どうやらだいぶ考え込んでいたらしい。

    「ああ、映画が好きか嫌いかって話ね」
    「え?あ、うん」

    アレくんもその話は終わったと思っていたんだろう。どこか間抜けな声音に少し笑ってからオレは続けた。

    「モノによっては好きだし、モノによってはつまらない」
    「要するに、普通ってこと?」
    「そうだね」

    言いながらオレはアレくんの手をくい、と引っ張る。そしてもう片方の手で自分の膝をぽんぽん、と叩いてみせた。アレくんは唇をむずむず震えさせてから、「ん」と小さく息を漏らしてオレの膝の上に頭をそっと乗せる。それが嬉しくて、愛らしくて、オレは上機嫌に彼の頭を撫でながら続けた。

    「そもそも数えるほど見てないし、映画館には行ったことないけどね。昔、仲間がいわゆる『名作』って言われてる映画をどこからか持ってきて上映会をしたことがあったんだ」
    「へえ…」

    オレの過去の話に興味を示すように、アレくんは声をあげる。実際、路地裏にいた頃の話は滅多に話さなかった。人に聞かれたら答える程度だったけど、アレくんに対しては聞かれてもはぐらかして話すのを避けていた。今まではなんで話したくないのか自分でも上手く言えなかった。
    けど、今ならわかる。アレくんに綺麗なものだけを見ていて欲しい。オレのことも、綺麗なところだけ見てくれればいい。そう思っていたんだ。今までは。

    「みんな、泣いてた。普段ふざけたことしかしない、情緒のぶっ壊れた連中だと思ってたのにさ。その名作を見て泣けなかったのは、オレひとりだったよ」
    「……」

    手のひらの下でアレくんの頭が僅かに動いた。この角度からじゃ表情は見えない。彼からも、オレの顔は見えないはずだ。

    「感動しなかったわけでも、話を適当に見流してたわけでもない。引き込まれて、夢中になって、胸が熱くなった。それでも、オレは涙を流せなかった。そういうふうに身体ができてて、最初からその機能が欠けてるんだって」

    (オレは、失敗作だ)

    塔の中であの言葉を言った場面を思い出す。きっと、アレくんも覚えていてくれているはずだ。

    「マオ…」

    体を起こそうとする気配を感じてアレくんの頭を優しく撫でる。何かを察するように、彼はおとなしくなった。じっとして、こちらの話に耳を傾けているのが伝わってくる。

    「涙って、どうして流れるのか未だにわかってないんだ。ああ、もちろん目に入ったゴミを取り除く機能とかそういうのじゃなくてね。感情を伴う涙の仕組みって現代の医学でも解明できてないんだってさ」

    親たちが話していた言葉を断片的に覚えていた。本なんて読まなかったから、オレの知識の大半は悪い仲間たちに吹き込まれたものか、親や部下の研究者が話しているのを暇潰しに聞いていたもののどちらかだった。

    (原因がわからないものはどうしようもない。これは私たちが望んだ「商品」でも普通の「子供」でもない。どこにも出せない、中途半端な「欠陥品」だ)

    母親の声はもう思い出せないのに、どうしてか言葉はハッキリと覚えている。人の脳みそってどうしてそういうふうにできているんだろう。



    「ねえ、マオ」

    思わず黙ってしまっていたらしい。アレくんの声で現実に引き戻される。

    「マオは…僕と一緒に映画を見て、泣けないのが怖いの…?」

    慎重に言葉を選んでいるのがわかる。それだけで愛おしい。君は本当に優しい人だね。オレが言うと否定されるんだろうけど。

    「そうかもしれない」
    「……そっか」
    「けど、今は違うよ」
    「え?」

    オレの手を無視するようにアレくんは首を回して見上げてくる。手を退けると、涙を貼り付けて潤んだ目が見える。
    背中を丸め、アレくんに顔を近づけてオレは笑った。

    「アレくんの目は本当に綺麗だ」
    「……何」
    「オレね、涙があってもなくても感情は共有できるってわかったし、オレの分もアレくんが泣いてくれるから、もう怖くないよ。……あ〜、『僕を泣き虫みたいに言わないでくれ』って顔してる〜」

    アレくんの口調を真似ながらおどけてみせる。思いのほか声音を似せることができた。ケラケラ笑うオレとは対照的に、アレくんはぽろぽろと涙をこぼしながら手を伸ばしてきた。

    「そんなふうに話されたら、何も……言えないじゃないか」

    優しく頬を指先で撫でながら、アレくんは嗚咽を漏らす。どう反応していいか迷って黙り込んでいると、さらにこう続けた。

    「君は、僕のものだって、言った」
    「……そうだよ。オレはアレくんの……」
    「なら君は欠陥品でも失敗作でもない。君の価値を評価するのは、君の所有者である僕だからだ」
    「無茶苦茶言ってる」
    「無茶苦茶じゃない」

    半ば乱暴に身体を起こす。泣き腫らした目は赤くて、でも瞳は興奮で透き通る青色になっている。こんな状況じゃなかったら「えろ…」と口に出ていたかもしれない。オレがポカンと見惚れているのに構わず、アレくんはそのままぎゅっとオレを抱きしめた。

    「誰だって、どこか欠けたまま生まれてくるんだ。僕だってそうだ。たくさん欠けていた。空っぽだと思えるほど。けど、その欠けた部分を埋めてくれたのは君だ。君じゃなきゃだめだった」

    まだ泣いているんだろう。抱きしめて埋めた首元がパーカー越しにじんわりと涙で暖かく湿っていく。

    「……」

    「オレだけを必要とされたい」「誰かの特別になりたい」って気持ちは生まれた時から否定され続けたオレの願いや本質に違いない。けど、こんなにも説得力のある「特別」の表現なんて聞いたことも、想像したこともなかった。生まれて初めてだ。
    きっとオレにも涙があったなら、比喩でもなく滝のように泣いていただろう。けど、喉の奥がむずむずと疼くだけでやはり、涙は流せなかった。
    そのかわり、アレくんが今たくさん声を押し殺して泣いてくれている。
    彼の温かな背中にそっと手を回して抱きしめた。しゃくりあげるたびに振動が心地よく伝わってくる。

    「君は、いつもオレのために泣いてくれるんだね」
    「……」

    「君が泣かせたんだろ」なんて言葉が聞こえてきそうだ。と苦笑しながら、オレはアレくんの頭を撫でた。

    「君の涙が、オレに欠けてる涙を埋めてくれてるんだ」
    「……そうだよ。だから僕といる限り、君に欠けてる部分なんてない。欠陥品だとか失敗作だなんて、もう言わないで。君は君のままでいいんだ」

    目元の涙を乱暴に拭おうとする腕を掴むと、オレは身を乗り出してアレくんの流した涙をぺろっと舐めた。

    「ッ、あ……マオ……!」
    「アレくんの涙って、甘いんだね」

    こうして、彼が流してくれた涙を取り込めばいつか泣けるんじゃないか。なんて思ったりして。半分冗談、半分本気で、彼の顔に伝う涙を丁寧に舐めとる。
    泣き腫らして赤くなった顔に、違う種類の朱が差した。それが余計に愛おしくて、オレは彼の前髪をそっとよせて額に口付ける。

    「約束するよ。失敗作だなんて、もう言わない」

    だから、ずっと一緒にいて。
    オレの空洞を埋め続けて。
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