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    おいなりさん

    カスミさん……☺️

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    おいなりさん

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    真珠くんとカスミさんが付き合うきっかけになった話を書こうと思いました。(思っただけ)

    ##真スミ

    馴れ初めというか。1.それを「恋」と呼ぶんだよ。

    「なんだかね、カスミを見てると、胸がぎゅーーってなるんだよね」

    ふしぎだね、と、本当に不思議そうに首を傾げながら、くりくりとした蜂蜜色の目がカスミを見上げた。
    言われた方は口元を手で覆い、若干、本当に若干だが、肩が震えている。

    「どうしてかなぁ」
    「……さぁ」

    空気の抜ける音を出すので精一杯なのだろう、カスミと呼ばれた、鬱陶しいくらいに前髪が顔を覆った男は一言だけそう言うと、くるりと後ろを向いてしまった。
    蜂蜜色の瞳の青年は、その様子も不思議そうに眺めていたけれど、はっとした顔をして、今度はこう言った。

    「……あっ、なんか治ったみたい……でも、今度はざわざわする。カスミ、何でだと思う?」

    カスミはその純粋な問い掛けに、遂に咳き込んでしまったのだった。


    +++

    2.そうだ、デートに行こう。

    「落ち着いた?」

    件の問い掛けから暫く。
    咽せていたカスミを長椅子に座らせて、自販機で買って来た水を手渡し背中を摩る青年。

    「……ふっ、く、……ありがと、ッス、真珠」

    カスミが呟いた単語は宝石のものではなく、隣に座る蜂蜜色の目をした青年の名前だったらしい。
    真珠は自分の名が聞こえた途端にぱあぁっと顔色が明るくなり、満面の笑みを浮かべていた。
    太陽のように眩しく輝りつけるその笑みに、咽せていたカスミからは笑いが引っ込み、今度は口の端がひくりと引き攣ってしまう。

    ーーこんなにも分かり易い反応をしているのに、どうしてわからないんだろうか。本当に、分かっていないんだろうか。

    首を傾げるのは今度はカスミの番だった。
    それに釣られてか、真珠の首も鏡合わせのようにこてんと傾く。
    おうむ返しの反応にカスミは内心頭を抱えつつ、どうしたものかと真珠の向こうに見える壁をぼんやり見つめていた。
    それをどう取ったのだろうか。
    いや、どう取ったもないだろう。
    カスミの顔が真珠の方を向いていて、真珠はカスミを見つめているのだから、残念な事に真珠はカスミと見つめ合っていると思い込んでしまったのだ。
    真珠はぱっと顔を俯け、赤面しながら

    「……えへへ、なんか、恥ずかしいね」

    とにやけ顔。
    一瞬何を言ってるのかわからなかったカスミも、真珠の勘違いに気付いて危うく漏れ掛けた深い溜息を慌てて飲み込んでいた。

    ーー普通、男と見つめ合ったって、別に恥ずかしくなんかならないだろうに。

    頭を掻き毟りたい衝動に駆られつつも、カスミは座っている椅子の縁にぎゅっと爪を立てて耐え凌ぐ。
    耐え凌ぎはする、ものの。

    「おれ、さぁ。たまに、変な夢、見るんだよね。なんていうか……カスミと手繋いだり、デートしてたり……あと、キスしたり。目が覚めると、すごいしあわせなキモチなんだけど、夢だってわかると、すっごい落ち込んじゃうっていうか……なんでだろう」
    「……っ、」

    指先の肉が痛くなってきたのか、カスミの前髪の奥にある額にじわっと汗の粒が浮いてきた。
    あまりの鈍さに叫びそうになってはいるけれど、しかしカスミとしてはそれが何なのか気付かれても、真珠の気持ちには応えられないので困ってしまうのも確か。
    いっそ気付かせて振ってしまえたらとは思うのだけれど、精神面がパフォーマンスに多大な影響を及ぼしてしまう真珠にそんな事をしてしまえば、ステージへの悪影響は勿論、大体今の状況を知っている他のキャスト達に何を言われるか想像に難くない。
    そんなもどかしくて堪らないこの状況は、大抵週に一度くらい、カスミと真珠のシフトと休憩がたまたま重なってしまう日に起こる。
    カスミは以前、やんわりとその事をクーに話してみた事があったのだけれど、

    「早目にハッキリさせてあげた方がいいんじゃない?」

    と言われ、それができれば苦労はしないのだと言い返したい言葉をぐっと飲み込み曖昧に笑ってその話は終わってしまった。
    それからというもの、クーには休憩終わりのげっそりした顔を見られる度に

    「まだやってるの?」

    と苦笑いされている。
    今日もきっとそうなるんだろうなぁ、と遠い目をし始めたカスミに、真珠は新しいアプローチをしてきた。

    「あのさ、カスミ。おれ、カスミとデートしてみたい」
    「…………………………はい?」

    たっぷり間を置いた後、カスミは断ればよかったものを、うっかり聞き返していた。
    しかも聞き返すために発した言葉を、真珠はといえば都合よく肯定だと受け取ったらしく、

    「わ、ほんと!?それじゃあ、次の日曜にしよ!えへへ、楽しみだなぁ〜!……あっ!休憩終わりだね、おれ、先行くね!」

    と捲し立てられてしまった。
    呆然とするカスミ。
    すっかり真珠の気配の無くなったロッカールーム。
    はっと我に帰ったカスミは声にならない悲鳴を上げ、たまたま通り掛かったクーには

    「ご愁傷様だネ」

    とやけにいい笑顔で言われたのだった。



    +++

    3.外出のお供は憂鬱。

    日曜までに日はあるし、何度か断りのメッセージを送信しようとはした。
    けれど、最後の送信ボタンを押す段になると、急に真珠の悲しそうな顔がぽんと頭に浮かんできてしまい、結局メッセージ自体を無かった事にしてしまう。
    そうして気が付けば当日になり、律儀にもセットしておいた目覚ましが鳴ってしまったのだった。

    ーーワンチャン、ジャージとかで行ったらドン引きして帰ってくれないだろうか。

    前日に用意していた服に袖を通しながら、ぼんやりとカスミはそんな事を考えていた。
    しかしレッスン着に高校のジャージを着ている真珠が、今更そんな事で他人を軽蔑する筈もないだろうと無駄な考えは捨てた。

    「……はぁ」

    気分がどんよりと重いのは、外がカラッカラに晴れて真珠の事を否応無しに思い出させるせいだろうか。
    鉛のような足を引き摺り、カスミは待ち合わせの場所へと向かったのだった。



    +++

    4.待ち合わせ。

    「あ、カスミ!」

    予想通りの景色。
    予想通りの反応。
    まだ待ち合わせの時間には10分以上もあるというのに、一体いつからそこに居たのか。
    真珠は待ち合わせ場所に現れたカスミを見るなり、ぴょんと立ち上がると直ぐに駆け寄って来た。

    「あー……、お待たせして申し訳ないッス」
    「ううん、大丈夫!ていうか、おれ、楽しみすぎて、早く着いちゃったから」
    「あぁ、そうなんスか〜」
    「うん、だから大丈夫だよ!それじゃあ行こう!」

    ぎゅっと手を掴まれ、駆け出す勢いの真珠にカスミは慌ててストップをかける。

    「し、真珠、手はマズいッス!」
    「え?なんで?」
    「外だと誰が見てるか分からないんで……その……」
    「おれと手つなぐの、いや?」

    ーーいやいやそういう話じゃなくて。

    と言い掛けて、カスミは空いてる手で口を塞ぐ。
    本来ならその通りだと伝えるべきなのに、しょぼんと肩を落とす真珠にそんな事とても言える気はしなかった。

    「や、えっと……人前は、ちょっと恥ずかしいっていうか……」

    仕方なくもごもごと濁していると、真珠の指がするりと離れる。

    「……2人きりになら、いいの?」

    この問いに、先の返答はやはり失敗したなと思いつつ、カスミはそれならと渋々首を縦に振るしかない状況にこっそり自嘲するのだった。


    +++

    5.水族館に行ってみた。


    デートと言っても、いきなりナニをドウする訳でもなく。
    今日は少し暑いからと水族館に立ち寄ってみたのだけれど、ただただ男2人で魚を眺めて何が楽しいのだろうか、とカスミは頭上を悠然と泳ぐ鮫を魂の抜けた目で見つめている。
    その横では真珠が楽しそうに魚を目で追い、時折カスミの服の袖を引っ張っては目を輝かせていた。
    蜂蜜色の目は今や太陽と同じくらいの眩しさがあり、カスミには最早その輝きを覗き見る事は皆無だった。

    ーーあんな純粋な輝き、直視した瞬間に焼き切れてしまう、色々と。

    若者の純粋さはどうにも清らかすぎて苦手意識が先行してしまうらしい。
    それこそアンデッドに聖水をかけるような、ヴァンパイアに日光を浴びせるような、悪魔を聖書の角でブン殴るような凶行だ。
    どうにかそんな破壊的光線を避けつつ、はぐれないようにカスミは真珠の後を追いかけていたのだが、いかんせんスターレスで培われた身のこなしと真珠自身の瞬発力に、少し目を離した瞬間あっさりと人混みの中に置いてけぼりを食らってしまった。
    2人とも背の低い方ではないけれど、はぐれてしまった場所が良くなかった。
    一際人気のあるここ、ジンベエザメコーナーには人が溢れているし、肩車をした親子連れやそこそこ体格の良いギャラリーに囲まれてしまえば人波に流されるしかなく。

    「……真珠っ」

    名前を呼んでみても、それらしき人影は見当たらない。
    スマホを見れば、いつもなら電波が立っている筈の場所には圏外のマークが点灯している。
    それはそうだ、水槽は地下深くに潜って作ってあるのだから。
    ちっ、と思わず口の中で舌を弾いてしまったが、そんな小さな音、周りの雑踏に掻き消されてしまって誰にも拾われる事はなかった。
    お互い子供ではないのだし、はぐれた所でどうという訳でもない、筈だ……筈、なのだ。

    ーーなんで、こんな心細いんだ……

    楽しそうに笑い合う親子。
    仲睦まじく身を寄せ合う恋人たち。
    悪ふざけをしながら賑やかに通り過ぎて行く集団。
    笑顔に囲まれてる中に一人きり、自分だけが取り残されているような。
    カスミは流されるままに歩き、どうにか壁際まで辿り着くと、ひんやりとしたコンクリートに背を預けてほっと息を吐き出す。
    胸の前で持っているスマホを我知らずぎゅっと握り締めているのは、それが震えるのを待っているからなのだろうか。
    瞼を閉じて、どうしようもなく湧き上がってくる焦燥感に耐える。

    ーーこのまま、真珠とはぐれたままだったらどうしよう。

    漠然とした不安に胸が苦しくなってきて、ズルズルと壁を擦り落ちていくカスミの体。
    もう座り込んでしまいそうな位に体が落ちてしまった所で、ガクッとカスミの動きが止まった。

    「カスミ!大丈夫?」

    清涼感のある声。
    腕を掴む、思いの外大きい、けれど華奢な手。
    おずおずとカスミが顔を上げると、そこには水底から見上げる太陽のような光が、二つ。

    「ごめん!おれ、先に行きすぎだよね、疲れちゃった?もうちょっとゆっくり回ろう」

    真珠に体を支えられて、再び立ち上がったカスミは何だかモジモジしている。

    「カスミ?」

    名前を呼ばれながら顔を覗き込まれて、罰が悪そうに口元を手の甲で隠しながら、

    「だい、じょぶ」

    といつもに比べてぶっきらぼうな口調のカスミ。
    真珠が不思議そうに首を傾げると、カスミは徐に真珠の右手の小指を掴むと、

    「はぐれ、ないように、」

    と歯切れ悪く言うなり、今度は自分が先に立って歩き始めてしまった。
    カスミの耳が赤くなっている事に気付いているかはわからないけれど、真珠はカスミの手が触れている小指をじっと見つめると、満面に喜色を湛えるのだった。



    +++

    6.休憩。


    水族館の外。
    木陰のベンチ。
    カスミは目の上に濡らしたハンカチを乗せ、ぐったりと背凭れに体を預けていた。
    ジーワジーワと蝉が煩く喚いているがそれどころではない。
    どうやら水族館ではその日限定で著名人が来館するというイベントがあったらしく、異常に混み始めた館内でカスミはすっかり人酔いをしてしまったのだ。
    気分が優れないのはそれだけが理由ではなさそうではあるが。

    「お待たせ!大丈夫?」
    「あ、ありがとうございま〜ス……大丈夫ッスよ〜……」

    全く大丈夫じゃなさそうではあるけれど、ヒラヒラと真珠に向かって手を振る気力はどうにか残っているらしい。
    真珠はその手を取りカスミを起こすと、今しがた露店で買って来たかき氷をカスミに差し出した。

    「ブルーハワイで良かった?」
    「あ、はい〜、なんでもいいッス……あ、お金……」
    「いいよ、大丈夫!水族館はカスミが払っちゃったし、これくらいは奢らせて!」
    「……ありがとうございまス〜」

    屈託のない笑顔に、それでもと食い下がるのは無粋かとカスミはかき氷を受け取る。
    ストローと一体化した先の小さなスプーンで氷を掬い、一口。
    ひんやりと舌を冷やして直ぐに溶けてしまった氷を飲み込んで、もう一口。
    しゃくしゃくという音にカスミが視線を向けると、真珠はかき込むようにかき氷を頬張っている。

    「あ、そんなに一気に食べたら、」
    「くぁ〜〜〜っ!きーーーんってなった!!」
    「遅かったッスね〜」

    こめかみを抑える真珠に、カスミがコロコロと笑う。
    よしよしとカスミに頭を撫でられて、真珠は涙目になりながらも「ヘーキだよ!」と笑って見せた。
    シャクシャク、シャクシャク、と氷が軋む音が続く。
    半分ほど食べ終わった頃、真珠がカスミを呼んだ。

    「何スか?」
    「見て、舌がミドリになった!」

    べ、と出された真珠の舌は、今真珠が食べているかき氷と同じ、鮮やかな緑に染まっていた。
    カスミも見せて、と言われ、カスミが控え目にぺろりと舌を出してみる。
    よく見えないからもうちょっと、とせがまれて、口を開け、え、と舌を見せると、カスミの手からかき氷のカップが落ち、地面に青い氷山が出来たけれど、直ぐに水溜りに変わっていく。
    その周りをどこから嗅ぎ付けてきたのか、チョロチョロと黒があっという間に行列を作ってしまった。
    間近に見る蜂蜜色はカスミの視界を隙間無く埋め尽くしている。
    ひんやりとした滑りが舌を丁寧になぞり、上顎と前歯の裏側を通って、ちゅるりと唇をすり抜けていった。

    「……あまいね」

    嗄れた真珠の声はやけに近く、頭上で煩く鳴いている筈の蝉の声は、随分と遠くに聞こえた。



    +++

    7.というわけで。



    ーーキスされた。しかも、軽く触れ合う所じゃなくて、割とガッツリと。

    誰が見ているだとか、ここが何処だとか、それどころでは無かった。
    カスミは真珠にキスされ、激しく動揺していた。
    地面に落ちたかき氷はもう跡形もなく青いだけの液体になり、後でペットボトルの水買ってきて流さなきゃな、とか、まだ半分も残ってたのに勿体ない、とか、そんな事ばかりが頭の中を回る。
    キスされた事もそうだけれど、それを嫌だと思わなかった事も、剰えもう少しだけ、と思ってしまった事も、カスミの頭を混乱させていた。
    甘い液体の中に、ぽたり、と雫が一粒、二粒。
    カスミから流れる汗だった。
    真珠はカップの底に出来た緑の水溜りを口に含んでしまうと、カスミの俯いた顔にそっと手を添えた。
    ぐい、と上に持ち上げられ、また視界が蜂蜜色に染まる。
    途端口の中がひんやりと冷たくて気持ちよくなり、ごくんと飲み干すと、涼やかな甘みが喉奥まで広がっていった。

    「かき氷落としちゃったから、おれの分けてあげるね」

    ーー事 後 報 告 。というか、落としたのは誰のせいだと。あと、一体何のつもりでこんな事を。

    言いたい事は山程あるのに、言葉が渋滞を起こしてしまっているのかどれもカスミの口から出て来る事は無かった。

    ーーあぁ、顔が熱い。
    ーー頭がくらくらして、心臓が痛い。
    ーー真珠を見ていると、胸がぎゅーーっとなる。

    ーーこれは、何だっただろうか。

    「ねぇ、カスミ。おれのこと、好きになっちゃった?」

    悪戯っぽく笑う真珠。
    蜂蜜色がドロリと蕩け出し、鈍く光る。

    「カスミ、もう一回、舌の色見せて?」

    カスミの前髪は汗ですっかり額に張り付き、真珠がそれを横に軽く流すと潤んだ灰緑が真珠を見つめていた。

    「……イイ子」

    ちゅう、と濡れた音は、蝉の鳴く声がすっかり飲み込んでしまった。



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