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    pothi_pothi03

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    pothi_pothi03

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    ユーフォリア

    友達が「監督生のマブダチ」から派生小説を書いてくれた。幸です。

    見えるはずのない涙が見えた気がして、溶けて気泡と一緒に弾けて月の光に溶けていくのが見えた。
















    海は嫌いだ。月が出ている日なんて特に。




    少し前に恋人がいた。海が好きで、淡い桜色の髪をした可愛い可愛い恋人だった。




    海辺で付き合ってください、と告白をした。
    彼女を目の前にしたら頭が真っ白になってしまった僕は前日に用意してきた言葉もそっちのけできっと大層情けない顔をしていたと思う。それでも、彼女はそんな僕を見て花が咲くように可憐に笑って頷いてくれたことを昨日のように今でも思い出すことがある。それもまた過去の話ではあるけれど。





    今思えば浮き足立っていた。
    それはそうだ、初めて告白した相手と付き合えることになったのだから。初めてのデートは色とりどりの花が咲いている海の見える公園だった。
    緊張して、どうしたらいいかわからず親しい先輩に相談して服装だのメイクだの、あれやこれやと面倒を見てもらったおかげで大成功した。選んでもらった服装もしてもらったメイクもかわいい、かわいい、と彼女が頬を染めて褒めてくれたので、あまりにも嬉しくて初めて手を伸ばして彼女の指先を掴まえて、自分の指絡ませて手を繋いだ。彼女の少し低い体温が、緊張であつくなっている手には気持ちが良かった。



    次のデートは何を着ていこうかと悩んでいるところにまた先輩がアドバイスをしてくれて、前回同様に当日の朝にはメイクを施してくれたのでスキップして待ち合わせの場所に出掛けた。きっと今日のデートも成功するだろう、この格好見てまた彼女は僕を褒めてくれるだろうか、もっと好きになってくれるだろうか、と心を弾ませて、待ち合わせ場所の海の見える公園に着けば彼女から手を繋いできてくれて天にものぼる気持ちで、繋いだ指をきゅっと握り返す。





    少し肌寒く感じる海風が強くて、月のきれいな夜のことだった。




    それから僕はデートのたびにアドバイスをもらって、彼女をデートを繰り返していた。先輩言うことを聞いておけば間違いない、とさえ思って。




    しかし事件はデートの最中に起こる。
    さっきまで鼻歌まじりに海辺を歩きながら笑っていた彼女が突然不機嫌になってしまう。こんな彼女を見るのは初めてで対処の仕方を知らない僕は、どうしたの?なにかあった?を繰り返すだけになってしまった。だって、こんなこと知らなかったから。さっきまで繋いでいた彼女の細い指先はあっさりと離れてしまい、睫毛の長い瞳は僕と目が合わなくなってしまって、泣きそうになった。今思えばあまりにも情けない。しどろもどろになっていれば見かねた彼女は真っ赤な唇を開いた。





    「前から思っていたけど手慣れてる感じがして、嫌」
    「え」





    思わず言葉に詰まる。
    手慣れてるように見えてしまったのは、先輩のアドバイスがあったからで決して僕が手慣れていたわけじゃない、と咄嗟にバカ正直に言い訳をすれば「先輩?……学校の?」と聞かれたのでそうだよ、と我ながら情けない涙声で答える。彼女はすん、と控えめに鼻を鳴らせばひとりごとのように「……ああ、どおりで、」と呟いた。今まで聞いたことのないような低い声で。






    「ねえ、ユウさん」





    にっこり、と花が咲くように彼女は笑う。いつもなら可愛い、と思える笑顔が今日はなんだか怖く感じで砂浜の上を後退りする。それを見た彼女は貝モチーフのきれいな色のサンダルを脱ぎ捨てて、きれいなラメが塗られた爪足でざく、ざく、と砂を掻き分けるように僕と距離を取り、ネイルで縁取られた指先で僕の手首を掴まえた。








    「わたしね、実は人魚なの」






    夜の海を背にして笑う、彼女の手首を掴む力が強くなる。





    「わたし、あなたのことが好きで陸にきたの」
    「人魚が陸に来るって相当の覚悟がいるのよ」
    「あなたも海に来ないと不公平よね?」
    「だから、あなたも海に来て」






    彼女はとびきりの笑顔で僕を見る。おかしい、おかしい、こんなに可憐に笑っている彼女が今はなぜか怖い。なんで、どうして、人魚だなんて今まで一言も言ってなかったじゃないか。急に海に来て、だなんて言われても覚悟なんて何ひとつできていないのに、なんでそんなこと言うの。彼女に言いたいことは山ほどあった。だけど花の咲くように可愛く笑う彼女目の前にしたら頭が真っ白になってただただ、怖かった。ゆらゆらと揺蕩う波の音が近くに聞こえて、先輩選んだ靴の爪先に海水が染み込んでいくのがわかる。だめだ、このままでは海の中へ引き摺り込まれてしまう、と彼女腕を力一杯に振り払って叫んだ。





    「ぼくは絶対、行かない……!」






    腕を振り払った瞬間、彼女は大きい瞳をまるくしてひどく驚いた顔をしていた。
    その顔見て胸がちくんと痛んだのに、恐怖心に支配されてしまった僕はこともあろうか踵を返して寮へ走って逃げてしまった。







    僕に恋をして覚悟決めてくれた彼女をひとり、海に残して。



















    「ああ、ここにいたんですか」
    「先輩」
    「あなたは嫌なことがあること、草に紛れるのがお好きなんですね」
    「……意識してませんでした」
    「前世は鳥とかだったんでしょうかね。はたまた植物だったとか」




    ふふ、と上品に口に手を添えて先輩は笑いながら視線を僕に合わせるようにしゃがみ込む。いつも手袋をしているはずの大きな掌が近づいて来て、親指が優しく目元をなぞった。




    「目が赤いですね、泣いたんですか」
    「……はい、少しだけ」
    「恋人のことを?」
    「はい。もう元、ですけど」
    「……まだ、好きですか?」
    「……わかりません」




    好意があったのは確かだったのに、あの夜から僕は彼女が怖かった。一度は好きになった人のことを怖い、と自分の口から言うのが嫌で素直に怖いと言えない自分も変だと思っていたけど、なんとなく先輩には元恋人が怖いとは言えなかった。だって先輩は僕の悩みや相談に真剣に向き合ってアドバイスをくれて、時間まで割いてくれていたので怖いなんてとてもじゃないけど言えなかった。振られてしまった、と前に伝えたけれど、実際は僕が彼女を怖がってしまって悲しい顔をさせた。僕のせいで覚悟を決めてくれた彼女に僕を振らせてしまったのだ。なんて悪いやつだ、と保身をしてしまう自分の狡賢さに涙が出てきてひとりで隠れて泣いていたかったのに、優しい先輩はどこにいたって僕を見つけ出しては声をかけてくれる。





    「先輩」
    「なんでしょうか」
    「僕は海が怖いです」
    「………そうですか」
    「なんで先輩は僕に優しいんですか?」
    「……ふふ、」
    「……」
    「優しくないですよ、ユウさんには私が優しく見えますか」
    「はい、とても」
    「そうですか、でしたらわかるように少し悪さをしてみましょうか」
    「……悪さ、ですか」
    「ええ、こちらに来ていただけますか」






    目の前の先輩が手招きしたので、側に寄ってみると草陰に紛れた死角になる場所で僕に向かって長い両腕が伸びてくる。あ、と驚く暇もなく抱きしめられたのだと気付く。





    「……先輩?」
    「今から海に行きます、目を閉じててください」
    「え、ちょっと、待ってください、僕、海は」
    「待ちません、言いましたよね?私これから悪さをする、と」








    声をあげている途中で、視界が眩しくなって反射的に目を瞑る。その瞬間に空気が冷たくなってどぼん、と水の音がしたと同時に背中に衝撃が走って口の中に水が入り込む。慌てて酸素を取り込もうとしたのも束の間、どうやら海の中らしい。もがいて、さっきまですぐ近くにいた先輩のことを探しても手応えがない。おそるおそる目を開けてみるとやっぱり海の中だった。






    こぽ、こぽ、と口から溢れた酸素が風に揺られたシャボン玉のように歪な形になって上へとのぼる。それがのぼっていく先には海面が見える。金色の光が海面を鏡のように反射して海の濃紺と月の光がゆらゆらと揺れていた。





    おそらくここは夜なんだろう。






    夜の海。

    僕があの日、彼女に引き込まれて行くはずだった場所。靴に海水が染み込んで重たくなる感覚をまだ覚えている。
    しかし、彼女の思いや覚悟を考えると何故か目頭が熱くなってきて涙があふれて、海に溶ける。


    僕が彼女を思ってこぼした涙が、存在を示す前にあっさりと海に溶けて消えていく。
    まるで僕の彼女への想いのようだ、と自嘲すればするほど涙は出るのに海はそれに輪郭を持つことすらも許してくれない。



    かなしい、こんなにもかなしい。でもきっと彼女はそれ以上に悲しかっただろう。




    僕をここに連れてきた先輩のことすらも忘れて声も無く、涙の形もなく、ただ歪なシャボン玉のような酸素を口から小さくこぼして泣いた。




    息が苦しい、胸が苦しい。





    それなのに僕は、誰かに助けを求めてしまう。
    それが情けなくて、また酸素を吐き出して泣く。




    そろそろ息と意識が薄くなる頃、まわりから小さな泡が立ち上ってきて、何かに抱きかかえられてぐんぐんと体が持ち上がり、冷たい空気が頬に触れると反射的に反応が酸素を求める。




    「悪さをしすぎましたね、すみません。大丈夫ですか?」
    「げほ、……せんぱ、げほ、」
    「ここにきても、泣いていたのでしょう」





    目を開いてみれば、先輩は同じ人型のままだ。海なのに、どうして。





    「すみません、泣いてるあなたが可愛くて」
    「げほ、」
    「あなたが海で流した涙を形にしてみました」
    「……え?」
    「桃色、……桜色というのでしょうか。きれいな色ですね」
    「どう、やって」
    「ふふ、」






    海水に濡れた先輩の掌に小さくて、様々な形の石が転がっている。
    淡い桜色の石なのに、先輩が掌の角度を変えると青のような緑のような、不思議な色になる。





    「ユウさんは本当に純粋なんですね」
    「……は、」
    「……ふふ」





    先輩は掌に転がっていた小さな石を両手で大切そうに濡れてしまった制服のポケットにしまうと、私の手首を掴んで口元にそれを近付けた。







    「私に、しませんか」
    「え、」
    「私ならそんな顔させませんよ」









    先輩が優しい声色でそう囁いたとき、空には怖いくらいの満月が私たちを照らしていて私の瞳から涙がひとつ溢れると、海に落ちる瞬間に淡い緑の石に変わればとぷん、と音を鳴らして濃紺の海底へと沈んでいった。






    耳元で揺れるピアスが、月の光を透かして淡い緑になる。まるでさっき沈んでしまった私の涙の色に少しだけ似ている気がする。



    「ジェイド先輩、私、は……」





    それは、月の綺麗な夜の海だった。
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