『花縮砂』本格的な夏の日差し。
青々とした森の中は、一年で一番にぎやかな音に満ちている。いのちを巡らすための歌だ。
現在はいら達が住まう梵納寺を管理してくれている堂守は、この生命力溢れる季節に、近く誕生日を迎える。
昨年も感謝の言葉は伝えたが、せっかくならば記念日には贈り物へ気持ちを込めるのもよいらしいと知った。以前に衆生の学園を模した世界へ入り込んだ時に、バレンタインという気持ちと共に贈り物を一緒に届けるイベントがあったのだ。
もし贈り物をするとしたら──例えばどんなものが良いのだろうか?
下調べを行うため、波夷羅は図書館へ足を運び、誕生日に関する書籍をめくった。
「誕生花か……」
365日それぞれに誕生日へあわせた花があるらしい。最初に手に取った本から共通して紹介されていたので有名な知識のようだ。
贈り物にしても花は見目もかわいらしいし、良いかもしれない。
7月16日の誕生花は、『ジンジャー』とある。
しかし、仏として生きた花を摘むのは気が引けた。かと言って自然に落ちたもので贈り物にして差し支えない品を探すのは難航しそうだ。
造花を作るか?または、刺繍などで描くか?
しかし波夷羅は手先を動かす作業は好きだが、美的な造形をイチから考えるのはあまり得意ではない。他の案には誕生石なども記載されていたが、申し訳ないことにこちらは予算が桁違いだ。
結局決めかね、書籍をいくつか借りて神将住居棟の休憩室で広げていると、ふと横から2つの影が覗いた。摩虎羅と招杜羅だ。
「……堂守の、誕生日、か?」
「もうすぐだもんね」
「ああ。なにか贈り物をしたいと思ったんだが……」
是々こういうことでと相談すると、たしかに迷っちゃうよね、と摩虎羅が共感に頷いてくれる。
「ジンジャー……いつも食べてる生姜とは違うのかな?」
「仲間ではあるみたいだな」
「生姜と、仲間……だったら、クッキーは、どうだろうか?」
ジンジャークッキーなら、前にも作ったことがあるし、俺も手伝える。
「それは心強いな」
「わあ、いいね。僕も一緒にやりたいな」
招杜羅はゆったりしている分動作が丁寧で、細やかな仕事には定評がある。持参の牛乳で作るお菓子は、いつもおいしくて皆楽しみにしている腕前だ。
そうと決まれば買い物リストを作っておこう、とメモを取り出した時に、今度はジンジャーの花色、白の髪がぴょこんとやってきた。
「なになに?今度はなんのお菓子にするのー?」
おやつが大好きな毘羯羅は、お菓子に詳しい。それに可愛い物を見つけるのも上手なので、プレゼント映えする方法を教えてもらえるかもしれない。
かくかくしかじか。相談の結果、飾り付けとラッピングは任せて!と手を叩いて承諾してくれた。
「あ、あとさ、ルビーはちょっとむずかしいけど、こんなのはどうかな?」
毘羯羅が見せてくれたタブレットの中では、原石のようなきれいなカケラが美しく瓶詰めされている。
「琥珀糖っていうお菓子でね、けっこう簡単に作れるって軍荼利くんに聞いたんだけど……」
視線の先の招杜羅は、記載のレシピに目を通し、作れると思う。と肯定した。
やった!とはしゃぐ毘羯羅に、摩虎羅が軍荼利に聞いたの?と目を丸くしていた。「前に軍荼利くんが食べててね、かわいかったから教えてもらったんだ~!」あはは☆と笑う毘羯羅に、顔を白くした摩虎羅がすごいね……!と感心している。
誰とでも忌憚なく話せるのは毘羯羅のすごいところだよな。
「みんなに相談できてよかった」
おかげで素敵な贈り物ができそうだ。
やはり俺の仲間たちは頼りになるな、と充足を感じながら買い物メモを書き出していく波夷羅に、「こちらこそ」とやさしく笑いかけてくれる。本当に、善き仲間たちなのだ。
***
そうして迎えた本番前日。
無事にジンジャークッキーとルビーの琥珀糖を作り上げた。
きれいに飾られた贈り物は今、宮比羅の選んだ華やかな箱の中で明日を待っている。
「にゃるほど~」
いい匂いだしおいしいし、これはいいプレゼントだな~。
部屋に持ち帰った試作品のジンジャークッキーを頬張り真達羅が太鼓判を押す。
「ああ。みんなのおかげだ」
明日、よろこんでもらえるといいんだが。
「きっと大よろこびだよ~」
真達羅の瞳は、いつでも豊かな黄金の光に満ちている。その眼差しが弓なりに笑むのを見れると、こちらもほっと一息つくような、勇気の出る肯首をもらえたような、あたたかい気持ちになれる。
「そうだと嬉しいな」
「うん!俺もいっぱい食べるの楽しみー!」
喜色満面でバンザイして”いっぱい”をあらわす猫に、堂守に作ったんだぞ?と波夷羅も笑う。
とは言え、みんなが手伝ってくれたおかげで全員に行き渡るぐらいの量は用意できた。そして今日の厨房は俺たちだけではなく、たくさんの仏で明日の支度に大盛況で。
大事な者を祝いたい気持ちのこもった、心地よい活気に満ちていた。
きっと明日も、さらに楽しい一日になる。
「楽しみだな」
「ああ」
大事に確かめるように、目を合わせて、笑う。
相談したら応えてくれて
笑いかければ微笑んでくれる。
自分とのつながりが相手の負荷になるのではないかと考えた日もあったけれど、一人が頑張るだけではうまくいかない時もあった。そんな時、仕事は分け合おうと手を差しのべてくれたこと。応援してくれたこと。やさしさを巡らせ繋いでくれた仲間たちと一緒にいられることを、波夷羅は日々幸福に感じている。
特別な日でなくても、できうるかぎり幸せな毎日であって欲しい。
そして生まれた日であれば、さらなる祝福と感謝を込めて、楽しい一日を贈りたい。
また一年、どうか健やかに満ちた日々を送れますように。
「誕生日、おめでとう」
***
余談として。
当日、真達羅のプレゼントを知った波夷羅は、堂守の部屋の一角に、籠の中にきれいに並べられた石があることを思い出して、太鼓判の源を知りさすがだなとおおいに感心したものだった。
過ごした年月の分だけ連なるのなら、愛着もひとしおとなるだろう。
来年は何を贈ろうか。こうして縁は次の楽しみを紡いでくれる。また一年後を楽しみに、波夷羅はふすまをそっと閉めた。