【読切ドラロナ】今宵、月は見えずとも 今宵は見事なハンターズムーンである。
なぜそのような名で呼ばれるのかと言えば、なんでも『10月は月明かりを頼りに、ハンターたちが獲物狩りをする季節だから』というのが由来のようだ。
私がよく知る退治人くんも例に漏れず、獲物である吸血鬼たちを退治するべく非常に忙しく走り回っている。
ここ最近は特に。彼の相棒である私も、またしかり。今日も今日とて依頼先へと連行された。
まあすぐ死ぬのでクソの役にも立ちはしないのだが。
退治が終わった後は共に帰城し、すっかり長くなった夜を、日が昇るまでの間、私のもてなしで休息をとるのが最近の私たちのルーティンになっている。
まあ実際に依頼に連行されているのは私の体の一部を使ってこしらえた私そっくりな塵人形で、彼をもてなしているのもまた塵人形なのだが、退治人くんはそれを知らない。
本物の私はといえば、城の地下室にて吸血鬼をだめにするソファに寝っ転がったまま、指と視線以外1ミリも動かすことなくクソゲーをプレイしている。
その片手間に、リアルサイズに拵えた塵人形で、最近知り合った面白い人間である退治人くんを相手に、お人形遊びに興じているのである。
それがなかなか愉快だ。
1度、我が親愛なる使い魔ジョンに「ドラルクさまは、これでいいヌ?」と訊ねられたことがある。
私はもちろん「いいんだよ」と返した。
いいにきまっている。
だって、どうせ本当の私は、誰ともまともに交われないのだから。
我が身に宿る魔力の強大さは、誰もがこの世の全ての頂点に私を据えたがる程だった。
故に、人間はもちろんのこと、血族以外の吸血鬼は私にひれ伏した。
皆、私を視界にいれるや否や跪き、恍惚とした表情で、生きたまま己の心臓を抉り、次々に差し出すのだ。
すべて貴方様のものです、と。
私はそんなものは望んでなどいない。
私が退治人くんと遭逢したとして、彼が今まで見てきた有象無象と同じになってしまうというならば、ずっと今のままでいい。
あんなつまらないことをする彼を見るくらいなら、私は彼がヒトとしての一生を終えるまで、『吸血鬼退治人ロナルド』という最高に刺激的な男と愉快な日々を楽しみたいのだ。
傲慢な態度でこちらの心を土足で踏み荒らしてくるかと思えば、きっちりと太く濃い一線を引くという彼と、永遠に縮まらない距離感を駆け引きし合いながら、共に在りたい。
たとえ彼が本当の私など知ることなく灰に変わろうとも。
──って思っていたんだけどさ、やっぱり強欲なのが吸血鬼の性だ。
欲望は突然に。
吸血鬼は急には止まれない。
だって無理なものは無理。
ジョンの前だからカッコつけちゃったけど、いいわけないじゃないか。
自分の作ったはずの塵人形にすら悋気の炎がメラメラ燃えているんだから。しかもちょっとやそっとの炎じゃない。メガライヤー級だ。
「ねぇ、退治人くん。私がもし、本当はめちゃくちゃウルトラハイパーアルティメット強くて畏怖い吸血鬼なんだよ、って言って、最強の本体がババーンって登場してきたら、どうする?」
塵人形が手ずからいれてやっためちゃくちゃウルトラハイパーアルティメット美味しいアップルティーの入ったティーカップに優しく息を吹きかけていた至高の美貌を持つ男が、手の中の琥珀色からゆっくりと視線を上げた。
塵人形は彼の隣に優雅に腰掛けながら、努めてにこやかな表情を崩さない。
全てが甘美なラインを描く退治人と視線が絡まり合う。
ほんのちょっとだけしまった、とは思わなくもなかった。
少なくともこんなよく分からないタイミングで言うつもりも無かった。それなのに、今しがたティーポットから注いだ紅茶のように君に注がれてしまった。
だがしかし覆水盆に返らず。
次の言葉が恐ろしい、とでも言うように私を模した人形の耳がざらりと塵に変わる。
そんな塵人形を真っ直ぐ見つめる深い海色の宝石を包んだ銀の羽毛が、ふわりと5回揺らめいた。
「……──いつ?」
「え?」
「それ、いつの予定になるか聞いてんだよ」
「えっ、と……?」
「だから、それはいつババーンしてくんだよ」
「……えーっと……?」
おっとどっこい。その返しは予想外だ。
しかし驚いている場合ではない。私は慌てて塵人形を動かした。
「なーんてね~。嘘でーす」
「まさか信じちゃった?」という言葉と共に塵人形に煽るような表情をさせれば、ロナルドくんは凄い勢いで眉間に皺を寄せた。
「……──チッ。………………根性無し」
目の前の退治人は私を見つめながら、大袈裟なほどに舌打ちする。
──え? 根性無し……?
根性、無し…………?
吸血鬼をダメにしていたソファから、私は僅かに身を起こす。
ねぇ、ロナルドくん。それって……
「──おいザコ! 茶!」
「はいっ! ただいまっ!」
私が何か言うより早く、なにもかもをたたき落とすようにおかわりが催促されて、塵人形はティーポットを抱え直した。
ねぇ、君、もしかして、ほんとうはさ。
とは、まだ聞けなかった。