「エンデヴァーさんって幽霊って信じます?」
「ム。個性の話か?」
空気が熱くなっていることが普通になった今日この頃。サイドキックが事務所に飛び込んでくる。
「幽霊を見た……!」
そんなことを言うんだから全員ぽかんと口を開け、俺は一人呆れていた。
そんな馬鹿な。うちのサイドキックにそんな眉唾を信じるなんて、と思いつつも話に乗るとどうやら 人の気配が常にする、物音がすごい、誰かに話しかけられた。なんてTHE・ありがち勘違いのオンパレードだった。
その時は一人を全員で怖がりだと笑い、次に新たなサイドキックがその場所を訪れると青い顔をして戻ってきた。
「勘違いじゃない……ほんとになんかいた……」
そう言い残しその日は早退してしまう。
皆怖いもの見たさでその場所を訪れたが、全員顔を青くし、または半狂乱で所長である俺に文句と暴言を吐き散らしと三者三様の様相を呈す。
その場所というのはあるマ
ンション上階、ここは今内偵中のヴィランの拠点を見下ろせる。どうにかその場所を借りれないかと方々手を尽くし、ようやく家主の親族にたどり着いた。その部屋に住民はいない。ただ、死去したや退去したからではなく失踪したからだ。親族は処分するにもいつか戻ってくるかもしれないという希望を持ち、未だに当時のまま維持しているそうだ。
謝礼を支払うことを伝えると、親族は悩みつつ了承し、これを期に未練が立ち切れられればと悲しいようではあるが、どこか安堵した表情を浮かべていた。
その時に伝えられたのは一つ、持ち主は既に死亡しているであろうこと。一つ、何か未練がありここに出ること。一つ、中で過ごすと必ずその人の気配を感じること。以上であり、何かあっても自分たちは対応できない代わりに、中は好きに使っていいと言ってくれた。ただそれだけの物件だ。瑕疵物件でもない。人が突然消える、よくあると言えば語弊があるが珍しい話ではない。
そこからサイドキックが持ち回りで内定のための監視を始めて半月でこのざまである。俺としては「そげん遊びよって、困るっちゃけど……。まじめにせんね」と指摘してやりたいが、言葉はぐっと飲み込んだ。
誰もが嫌がりそのマンションには行きたくないと言い出し、日中はいいが夜は絶対嫌だと口々に言い出し遂に俺へとお鉢が回ってきたのである。サイドキックにはこの程度の仕事はしてもらわないと、そう思うが仕方ない。
「はぁ~、今日はエンデヴァーさんこっち来てるからそのあと飯でも誘おうと思ってたのにこれじゃ無理そうだな」
「ホークスすまん……」
サイドキックは申し訳なさそうに肩を落とし、だが決して俺が行きますとは言わないあたり本当に怖がっているようだ。
「最速で内偵終わらせるから、みんな心配ならお祓い行っとけよ」
冗談のつもりで言ったが、全員顔色を悪くして「もう行ってる」と声を揃えて来たので驚かされる。
(お前ら一体どんだけガチなんだよ……。これはどういった講習を受けさせたら対策できるんだ?)
存在しないものに怯えていたらヒーローなんて務まらんだろうと研修、対策、精神の動揺へ対処などいろいろなことが頭に思い浮かび眉間が痛くなる。
日が落ちてからその場所へ向かう準備をしていると携帯が鳴る。
【こん 今夜、目地 めしでもどうだ?】
いつもの誤字だらけのメッセージを見て飛び上がる。
「行きます!」
そう言いたいがなんてタイミングが悪いのだろう。俺はすぐに音声通話を始める。
――Prrr Prrr
電子音が数度鳴り、すぐに通話に変わる。
「もしもし」
耳に心地いい声に天に上りそうな気持ちになり、実際体は宙へ浮かぶ。
「もしもしエンデヴァーさんメッセージ見ました!」
「急にすまなかった、美味いと教えられたモツ鍋の店があり一緒にどうかと思ったんだ」
――あぁ、美味しいお店に俺と行きたいなんて!
そんな喜ばしいことがあるだろうか? なのにどうして俺は最速で行けないのか……。
「そうだったんですね! ご指名頂き非常に嬉しいんですが……。本当にすみません、今日は泊まり込みの案件があり……」
「ム、急にすまなかった。他のものにあたってみる」
あっさりと引いてしまうエンデヴァー。要件だけで終わりたくない。
「ちょっと待ってください。エンデヴァーさんのご意見をいただきたいんですが、今回室内に幽霊が出るとサイドキックに泣きつかれて……俺はあり得ないと思ってます。ただ誰もそこに行きたがらないほどです」
「幽霊? フン、神経が過敏になっているか個性を受けているかのどちらかだろう」
「えぇ。俺もそう思っていますよ。多分前者。ただ全員が全員なので……」
「サイドキック全員か? ム……。俺もその現場を見に行っても?」
エンデヴァーには珍しく驚いた声を出し思わぬお誘いに「神よ!」そんなことを叫びそうになるが何とか取り繕う。
「え、いいんですか? エンデヴァーさんとチームアップ以外でご一緒できるなんて嬉しいんですけど、この後はオフじゃないんですか」
「世事はいい、お前を行かせるほどの状況に興味がある」
「本当ですって。今は内偵中なので目立たれると困るんですよね。一先ず使いを出します。エンデヴァーさんってすーぐバレちゃう大きさなんで気を付けてくださいね! 現在地を送ってください。あ、GPSの使い方わかります?」
「そんな耄碌しとらんわ!」
一喝をいただきにっこにこな自覚がある。側のサイドキック達にも怒鳴り声が聞こえたのか「またやってる」「やれやれ」そんな表情でみてくる。
「それでは後程!」
通話を終了する。耳にはまだ怒鳴り声が残り、今夜はエンデヴァーと過ごせると思うと急に落ち着きを失くしてしまう。俺、今朝シャワーを浴びてから何時間風呂に入っていないんだ? エンデヴァーに臭いって思われたらどうしよう……!?
「ちょっとシャワー浴びてくる……‼」
「そんな必要なくね⁉」
最速でシャワールームに飛び込み、入念に体を洗い清潔感を保持する。髪も一からセットだ。ドライヤーでこの毛量を乾かすのは少々時間がかかるが「完璧な俺」でエンデヴァーと対面したいのだ。髪を乾かしている間に部屋で俺の到着を待ち続けているであろう「ごめんちょっと遅くなる」とメッセージを入れると早くと泣き言が返ってきた。
(ちぃとは我慢できんとねぇ……エンデヴァーさんに見られる前に交代せんといかん)
ワックスで髪を整え窓から飛び立つ。
「後のことは任せた。今日は緊急要請以外は応じれない」
「分かりました!」
エンデヴァーさんと会えるとウキウキしながら目的の場所に向かった。