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    花屋と女子高生2

    現パロ安達晴信×政子の続き💐

    翌日から晴信は、イベントのときに使う軽トラをオシャレに改造した移動販売車で、三駅隣の駅前で花の販売を始めた。さして売れないだろうと思っていたが、物珍しさもあって切り花から鉢植えまで様々売れた。ガタイの良さと髭…一見声をかけるに足踏みする見た目ではあるものの、花に詳しく優しい晴信には固定の客もいるので、そのような人達が店の貼り紙を見てわざわざ移動販売にまで足を伸ばしてくれたし、そのおかげで通りがかりのお客さんも花を覗いてくれた。
     無論、晴信の目的は花を売ることではない。盛りが過ぎてしまえば可哀想に枯れてしまう花は勿論売り切ってやらねばならないが、その目的さえ達成すれば、あとは通りかかるかもしれない政子を待つばかりである。政子はフルーツキャンディーの店にまた来るだろうか…とその近くに許可を得て移動フラワーショップを展開していたが、政子は姿を見せなかった。五日粘ったが駄目だった。政子を探すことに苦はないが、延々と移動販売し続けるわけにはいかない。店舗経営に戻らねば。
    「…なぁおまさ、お前、政子を探せやしない…よなぁ。匂いもわからんしなぁ…」
     この五日ですっかり新規のお客さんの人気者となった芝犬のまさは、晴信がぼすぼす頭を撫でるとくぁぁぁと大欠伸をし、また伏せた。
     晴信は店先の椅子に座り、えっちらおっちら片付けを始めた。日が沈む前に終わらさねば。薔薇の花の活けた黒い筒を胸に抱いて、花びらや葉を整えてやる。
    「いや…まぁな、おまさ。制服で高校はわかってる。剣道部だったし、調べたら、県大会で優勝してた。それどころか全国レベルだった。なんで今まで気付かなかったんだか…いやでも政子がまさか現代でも剣術の類をとは思わなかった。余程合っていたんだろうな。逆におれはもう命の取り合いを思い出すのが嫌でまるで剣道を通ってこなかったが…」
     きゃうん!と、まさが高い声で吠えた。たった一声だが、これは珍しい。まさは外では滅多に吠えない。
    「どうした、まさー…」
     振り返って愛犬を見下ろす…その視界に、艶のある黒髪のポニーテールが映り込む。
    「!」
     晴信は左腕で筒から出して花束に整えたばかりの赤い薔薇を抱えたまま、反射的に、右手を伸ばした。手が、細い腕をぱしりと掴む…。
    「まっ、政子ッ…!」
     ぴんと腕が伸びきって、竹刀袋を肩にかけた女子高生が歩みを止める。ひゅうっとポニーテールを振って、彼女が晴信を振り返った。
    「ーーーッ!」
     晴信の時が止まった。涼しげな目元、薄いピンクの唇、前髪を上げて広い額、すらりとした鼻筋…どれをとっても七百と五十年前に死に別れた彼女の若い頃の姿がそこにあった。政子だ。政子。愛しい政子。この人だけを探して生きてきた。同じ時代に生まれていますようにと祈りながら、そしてまた同時に諦めながら…。
     晴信はごきゅんと喉を鳴らした。政子は目を丸くして、こちらを見上げている。政子の背は、百六十後半はあるかもしれない。女の子にしては高めだ。だが晴信の方が更に高い。そして体が大きい。政子はすぐに気付く筈だ。晴信様だと。殿だと…。
    「えっ!え、政子っ!何この人!!」
    「こわっ、何!?」
    「知り合い!?えっ!?」
     晴信の視界にはまるで入らなかったが、政子の周りには例の街ブラ番組でインタビューを受けていた友人三人がいたのだった。晴信は三人には見向きもせず、唇をきゅうっと噛んで政子を見下ろしていた。
     きょとんとしたまま、政子は首を傾げた。
    「……さぁ」
     知らない人だよ、と、政子は平然と言った。雷に打たれたような感覚で、晴信は目を見開いた。政子の友人達はわぁわぁ声を上げた。
    「やだ、変な人だ!」
    「ひゃっ、110番ッッ!!」
     女子高生の悲鳴混じりの大声に、行き交う人々が胡散臭げな視線を晴信に送り始めた。徐々に帰宅の人波が増えつつある、これは宜しくない。
     政子に知らない人だと言われた。政子は覚えていないのだ。あのように愛を育んだというのに…。いや、自分がそう思っていただけか。あれは権力に任せただけで、本当は政子は安達晴信を愛していなかったのか。望まない結婚だったのか。しかも警察に電話される。泣きそうである。
    「……悪い人じゃなさそう」
     政子がぽつりと呟いた。その間も晴信と政子は見つめ合っている。
    「でもこのおっさんずっと政子の手首握ってるんだけど!?」
    「まじでキモい!!」
    「離れなよおっさん!!」
    「え、あっ、いや…!」
     おっさんという悪態には物申したい三十路だが、女子高生から見ればまぁおっさんである。晴信は慌ててぱっと手を離した。政子に握られていた手首を払われたり拭われたりしたらかなり挫けるが、政子はそのような動作は僅かばかりも見せなかった。政子は涼しい声で尋ねてきた。
    「人間違いですか?」
    「いや!その、うん。いや…えっと…」
     政子の澄んだ眼差しは遠い昔の…大昔のそれと変わらない。違うのは、政子にとって自分は髭に水色のエプロンをして腕まくりをした腕に薔薇の花束を抱えた大男でしかない、ということである。夫ではない。
    「…そ、そこで、花の移動販売をしていて…、店じまいなんだが、は、花が売れ残ってしまって…このままでは枯れてしまうから、だから、その…も、もしよければ…」
     晴信は繕ったばかりの赤い薔薇の花束を、政子に差し出した。政子にとっては初対面の歳の離れた〈おっさん〉から突如花束など渡されて、気持ちの悪いことだろう…言ってからそれに気付いて、晴信は項垂れた。案の定政子の友人達はスマホに手をかけたままドン引きしている。…が。
    「…お幾らですか」
    「え?」
    「無料で頂くわけにはいきません。お幾らですか?」
     政子が斜め掛けしたエナメルバッグのチャックをチィーっと開き始めたので、晴信はぶんぶん首を振った。
    「い、いや!ぐうぜッ…偶然君が目に入って、ば、薔薇の花が、いや、薔薇というより、その、花が似合うと思ってだ、その、声を、か、掛けただけで…押し売りのように金を巻き上げる気は…」
    「ふふ」
     政子をぼんやり包んでいた警戒心がするりと解けたのが、その漏れたばかりの柔らかい笑みからわかった。晴信の心臓がぎゅんぎゅん震えた。
    「そんな風には思ってません。貴方は花屋さんで、それが商売なんでしょう?ただで頂くわけにはいきません」
     政子はデニム生地の洒落た財布を取り出した。政子は現代でも律儀な女である。
    「だが…」
    「いいんです。薔薇、とても綺麗ですから」
    「…だったら、五百円で…」
    「それでも絶対物凄く安いでしょう?」
    「無駄にしたくないだけなんだ。本当に金はいらなくて…」
     結局晴信は政子に五百円玉を押し付けられ、受け取ってしまった。代わりに政子の腕に薔薇の花束が移る。花束の赤の上で、政子は微笑を携えた。
    「花を貰うなんて初めて。きっと貴方は優しい人ですね。愛情を込めて育てているのがわかります。ありがとう。とてもいい買い物ができました」
     微笑を、あの時代にはあまり見せなかったにっこり笑顔に変えて見せてから、政子は友人達と連れ立って行ってしまった。友人達は政子の手を取って腕を見たり、花を覗き込んだりして、政子の傍から離れない。余程、政子は愛されているのだろう。
     晴信はその場にへたへたと座り込んでしまった。まさがきゅうんきゅうんと泣きながら、背後から、晴信の腕と脇の間に鼻面を押し込んできた。晴信はまさの体を抱き込みながら、ふひゅーーっと溜息を吐いた。
     政子に記憶はなかった。愛しい日々は、もう、自分の中にしか生きていない。そして今後、これも忘れてしまうのかもしれない。だが。だがー…。
    「政子は…儂の愛しい政子のままであった…」
     体の中に宿る〈侍・安達晴信〉が〈花屋の安達晴信〉の口を使い、七百五十年前のような口調で持って囁き、愛に濡れた息を吐く。
    「おれのことを…、少しは、意識してくれ…………ハッ!!」
     花束に!店名の入ったカードを!まだ挟んでいなかった!!名乗ってもいない!
    「あっ…ぁぁぁああああーーーーーー!!!!」
     晴信は頭を抱えてアスファルトに身を伏せて項垂れた。そうしながらも、である。
    〈きっと貴方は優しい人ですね。愛情を込めて育てているのがわかります。ありがとう。とてもいい買い物ができました〉
    「……んへへ…政子…やはり美しいなぁ…言葉選びがまず美しいなぁ…」
     愛しさばかり込み上げて、堪らないのであった。

    ………
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