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    続々・もしも境井家が代々志村家当主の夜伽をしていたらの話 2
    (支部に無印と続があります)
    若い志村×若い正

    ふらふらするので一度きんきんに冷えた井戸水で顔を洗い、正は改めてしゃっきりした心持で屋形の中へと戻った。
    父を探したが、明らかに帰り支度を整えている家人に出くわした。

    「殿は既にお出かけになられました。殿が、我らも今夜は家へ帰るようにと」
    「…聞いている」
    「若様と志村様をお二人にするようにと」

    この若い男の家人は不躾である。
    普段から若い正の女の影など探るのだ、正はあまり好きではない。
    今夜も“何故地頭の嫡子と二人きりなのだろう”と興味津々である。
    普段ならば苦言を呈して下がらせるが、正としても今からその地頭の嫡子を鍛えたこの体で遊び女のように誘惑しなればならないのだと思うと、後ろめたさから強く言えない。

    「……父上からのお申し付けだ」

    それだけ言って、正は家人を突っぱねた。
    屋形はとっぷり闇に包まれているが、勝手知ったる屋形の間取りである。
    わざと足を引きずってゆっくり歩いてみても、直ぐ、ろうそくの灯がゆらゆらと廊下まで伸びている部屋の前へと到着した。
    正はその場に片膝をついた。
    そして“ふっふっふ―――っ”と息をついてから、唇を薄く開いた。
    …が、喉がカサカサに絡んでいるせいで、声が出なかった。
    緊張のせいだろう。
    正は緩く握った拳を唇に当てて、軽く咳払いをした。

    「っ…けほっ…」
    「…誰だ?」

    気付かれた!
    いや、気付かれずとも逃げたわけではないが。

    「……正でございます」
    「…。ああ…」
    「………」

    どっどっどっどっ…ここに来るまででさえ常よりも鼓動は早かったのに、ここにきて更に激しく打ち始めた。
    正は唇に触れていた拳を、そのまま、胸に下ろした。
    押し当てるが、どどどどどどどと鼓動を強く感じるばかりで、抑えられる筈もない。
    困った。
    これでは志村に、心の臓の音を気付かれてしまう。
    幸い志村からの続く声掛けはない。
    これは一人で飲みたいのかもしれない。
    下がろう。
    …と、立ち上がりかけたが。

    「どうした」
    「……!」
    「入りなさい、境井―…いや…」

    志村は少し、黙った。
    正は障子に映る志村の影を見た。
    酒を飲むために言葉を切ったのかと思ったが、影はすらりと長い手指で顎を撫でていた。
    何か思案している。

    「…ここで境井と申しても、お前の父御も境井殿だ」
    「……はっ…?」
    「おいで、正」

    正は目を見開いた。
    目の縁がカァァアと原因不明の熱に焼かれる。
    “おいで、正”
    “おいで、正”
    “おいで、正”
    脳内が志村の実年齢以上に落ち着いた大人の声を、反芻し続ける。

    「た、…正っ…」

    正のことをそのように呼ぶのは殆ど父しかいない。
    幼い頃に死んだ母は正のことを“正殿”と呼び、自分の子というよりも“父の子”として扱った。
    それに何より、父はそのように正の鼓膜をさりさり撫でて、心の臓に軽く接吻するようにして、そのまま正の腹の奥をジュンと湿らせるような声で正を呼ばない。

    「なんだ。酒の相手をしてくれるのではないのか?」

    障子の向こうからまた、志村が声を掛けてきた。
    今度は怪訝そうである。
    正はぶわりと顔面を真っ赤に染めたまま、志村からは見えないというのに深々と頭を下げた。

    「しっ、つれい致します…!」

    危うく噛むところだった。
    いや、噛んだ。
    正は震える指先で障子を引いた。
    なんだこの無様な震えは…と、俯きながら。
    ずずずと障子を開くと、我が家だというのに嗅ぎ慣れない匂いがした。
    その匂いを嗅ぐと、はっと喉の奥が苦しくなって息がしづらくなった。。
    とはいえ入らないわけにはいかないので、膝を進める。
    ぱたんと障子を閉めると志村と向き直り、また軽く頭を傾げた。

    「お久しぶりです、志村殿」
    「ああ。いや、父御はお体の調子が良くないようだな」
    「…父から招きましたのに、とんだ体たらくを晒しました。申し訳ございませぬ」
    「お前が謝ることでもない。さぁ、どうだ」

    ちゃぷっ…と音がしたので顔を上げると、志村が瓶子を片手に持ち、顔の横で振る音だった。
    無論、ろうそくの柔い光の中に浮かぶ志村のひっそりとした微笑みをも見ることになって、正の心の臓はまたどどどどどどどどと無茶苦茶に跳ね回った。

    「お前は飲める口か」
    「……少し。あまり沢山を飲んだことは、まだ」
    「そうだな。元服してまだ一年も経っておらぬか。案ずるな、無理強いはせぬ。参れ」

    志村が手招きをした。
    志村の前には向かい合う形でもう一つ膳がある。
    料理は乗っていないが、杯が伏せて置かれてあった。
    父の為に家人が用意したものだろうが、勿論、父は使うことなく屋形を出た。
    正は喉の奥まで心の臓がせり上がって来ているのを喉がひくつくその感覚で感じながら、少し俯きがちに、本来父が座る筈だったその場所に膝で歩いて行った。
    座って杯を手にする。
    ちらっと視線を上げると、志村が瓶子を差し出している。
    大変恐縮しながら前屈みになってそれを受けると…ふわっと、正の喉の奥を締め付ける嗅ぎ慣れない香の匂いがした。
    これは志村の匂いだと、杯にとぷとぷ酒が注がれていくのを見つめ、正は気付いた。
    やはり志村は精錬された男である、衣に香を焚きしめているのだ。
    青海と志村城はさしたる距離を有さないのに、こうも志村は高貴である。
    約十五年の人生、正の周りには絶対的に存在しなかった性質の男だ。
    酒が擦り切れいっぱいに注がれたので、正はゆっくりと身を引き、尻を据え直した。
    そして志村を見ると、志村は手酌で酒を注ぎ直していた。

    「さて」

    ことりと瓶子を膳に置いて、志村がゆったりとした動作で視線を持ち上げる。
    研ぎ澄ました黒曜石のように美しい双眸が、正を映し込む。
    香木の匂いとその涼しい眼差し―…正の手を震わせて杯をひっくり返させるには、それは十分すぎる刺激だった。

    「あっ、申し訳ございませぬ…!志村殿に注いで頂いたというのに…」
    「いや…」

    ばしゃりと太股を濡らした酒を見下ろし、正は懐から手拭いを引っ張り出した。
    酒は既に袴にじわぁと染み渡り、手拭いで拭こうがどうにかなる状態でもない。
    まるでお漏らしをしたように、袴の股の部分の色が濃くなってしまった。
    座っている上薄暗いので志村からはさしてわからぬ違いだろうが、あまりの恥ずかしさに、正はぼぼぼっと顔面を真っ赤に染め上げた。

    「っ…!」

    無駄な抵抗でごしごしと手拭いを湿らせながら、正は唇を噛み締めた。
    心の臓は予測不能な動きをするし、志村を前にするといつものように上手く動けない、顔は爆発しそうなくらいに燃え上がるし、手は震えるし、志村の匂いで腰が疼く、視線に喉が鳴る。
    これではまるで、伝え聞く、初恋をした生娘のような―…。

    「……ぁ…」

    初恋をした、生娘のような…?

    「………ッッッ!!!」

    そう。
    初恋をした、生娘―…。





    続く
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