control私は確かに事務仕事の方が向いている。だがまさか一兵卒が大尉殿の書類仕事の手伝いをする事になるとは思わなかった。
パチパチと算盤を弾き、備品の費用を検める。行軍計画の行程と人員計画を過去の記録と照合する。
もちろん自分が組み上げるわけではないが、別の目での検算は何度してもしすぎる事はない。
「あ」
桁数が合わない。差し戻して確認してもらわねばならない。だが。
「なあ月島ぁ、少し休憩にせんか」
「駄目です」
「今手元にあるものは終わっている!兵舎裏の猫が……」
「捗っているようで大変結構。では先のものを進められますね」
「……あ、あの。大尉殿」
「手厳しいぞ月島ぁん」
「当たり前のことでしょう」
…………き、聞いてもらえない。まったくこちらを見ていない大尉殿に、書類から顔を上げない曹長殿。でも、これは修正してもらわねば。
「あの、曹長どの……」
「ん?どうした、何かあったか」
良かった!月島曹長殿がこちらの書類を受け取ってくれたので、修正箇所を説明する。
……肝心の鯉登大尉殿からの視線が刺さってくるのが気にかかるけど。なんか敵意?が籠っているような。うう、仕事しづらい。
「なるほど。よく気付いてくれたな。大尉殿、修正をお願いします」
「どこだ月島ぁ!」
……距離近いな。ほとんど頬がくっついているが、偉い方々ってこんな感じなのか?まあ機嫌良く仕事してくれるならいいかもう。月島曹長ずっと居てくださいね。
と、思っていたのに。月島曹長が任務で数日不在となることが分かり、私は憂鬱な気持ちで大尉殿の執務室に向かった。
「おはようございます、大尉殿」
「……」
ほら〜〜!もう機嫌悪いし!
この方に今日いちにち仕事をしていただかなくてはならない。正直荷が重い。
事前に書類は月島曹長殿が分類してくださっており、優先度順に並べられている。闘っては一騎当千、事務仕事もできて、露語にも堪能、さらには大尉殿に仕事をさせる交渉力……こんな立派な方が居るのかと改めて敬服の念を覚える。
もちろん鯉登大尉殿も素晴らしい方なのだ。この若さで大尉という立場にあり、さらに上に昇るのも時間の問題だという。見た目の涼やかな麗しさに反した烈しい気性で、その勢いが剣に乗った時の苛烈さと言ったら……。書類仕事も別に悪くはないのだ。ただ、気がそぞろというか、扱いが難しいだけで。そうでなければ登り竜とまでは呼ばれまい。
「鯉登大尉殿、今日はこちらの書類からお願いします」
「気が向かん」
「……」
プイッ、じゃないんですよ大尉殿〜!
もう最初から行かせてもらうことにしよう。
「困ります、せっかく月島曹長殿が準備くださったのに」
「!?月島が?どういう事だ」
ほら食いついた。この人は扱いが難しい。が、動かす方法はある。
「いえ、曹長殿がご自身の不在を心配されて。いくつか書き付けをもら」
「寄越せ」
「……大尉殿にそう言われても渡すなと言われております」
「キエェ……い、言わねば分かるまい」
「いや、バレない自信ありますか?曹長殿に隠し事できます?」
「…………で、できる……タブン」
「……やめときましょうよ」
「ぐぬぬ……」
「あのですね、大尉殿宛の書き付けも預かっています。ここまで終わらせたら、こちらお渡しします」
「よし何をしているさっさと終わらせるぞ!」
「……はい」
曹長殿さすが。
何よりも大尉殿を動かすのが巧すぎる。
「お疲れ様でした。まさかこんなに早く片付けられるとは……」
「ん」
「(ついに喋らなくなったな……)はい、こちらです。大尉殿の進みが早いので私の方が追いつきませんので、休憩なさってください」
「む、すまんな……見たのか?」
「あの?」
「封筒に入っているが、貴様は中を見たのかと聞いている」
「まさか!自分へのものしか見ておりません」
「……そうか。ではあとを頼む」
「はい、戻られるまでにはこちらをまとめておきます」
流石の大尉殿も一気に進めて疲れたのか、ひとまず休憩はしてくれるらしい。こちらも仕事を進めなくては。