四天王筆頭・渡辺綱は、自動販売機の前で立ち尽くしていた。
片手に収まっているのは、瓶入りの炭酸飲料。ラベルには「即効!エネルギーチャージ!」のような謳い文句が並んでいる。
(……緑茶のボタンを押したはずだが。押し間違えただろうか。)
意図せず入手した瓶の処遇に暫し悩み、
(……金時に与えておくとしよう。)
と結論づけた。弟分の部屋を訪ねる口実が出来たことで、綱の気分は若干上向いたが、当の綱は残念ながら、その情動を自覚するには至らなかった。
気を取り直して狙いあやまたず、しかと緑茶のボタンを押し、長身を折って綱が取り出したのは、そう。即効エネルギーチャージ可能な炭酸飲料である。
「おっ? 兄ィ、そんなに好きなのか? それ。」
通りすがった金時が、両手に瓶をたずさえ途方に暮れている綱に声をかけた。
「違う……」
苦渋の声に「ま……まさか何かあったのか?周回駆り出されまくってボロボロとか……!?」と青ざめる金時。「それも違う」と綱が経緯を説いた。
「あ~アレかもな、補充ミスかもな。」
「ふむ……そういうことか……」
「食堂行こーぜ、茶ァ貰いにさ。そっちの、出ちまったのはオイラが飲むからよ。」
次の瞬間、綱はギュッッと顔をしかめて思いっきりそっぽを向いた。
「兄ィ!? やっぱなんかあったんじゃねえの!?」
「何でもない。なにもない。」
競歩の速さで食堂に向かう綱の背を、金時の「ホントかよぉ~……」の声が追った。本気で心配されているだけに、綱は余計に居たたまれなかった。
言えるはずもない。
『出ちまったのはオイラが飲む』の台詞で、金時と共寝をした際の情景が脳裏を駆けたなどと、断じて言えるはずもない。
胎に精を注がれ、息を詰めて肩を震わせる様子なぞ、断じて。
更には、されたこともない『綱の性器に自ら口を寄せ、精を飲み下す金時』にまで妄想が及んだなどと、断じて……。
されたくないと言えば嘘になるが、ただでさえ諸々恥じらう金時のことだ、実現はしないか、するとしても当分先のことになるだろうと無駄に思いを馳せたりなど、断じて……。
(…………。)
人間、「考えまい」と意固地になるほど、その事柄に囚われてしまうものである。
当初は温かい茶でひと息つくはずだったというのに、結局その日一日、金時への申し訳なさで内心頭を抱える羽目になる綱であった。